メッセージ
あなたのみことばは, 私の 足のともしび, 私の 道の 光です.
詩篇 119:105

ヨハネの福音書15:15(最後の瞬間まで主を求めなさい)

投稿者
tbic
投稿日
2024-02-18 20:13
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45
ヨハネの福音書15:15「わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。

イエス様は、私たちがいつかは成長して主が宿っておられる聖い宮となることを期待し、喜ばれました。主が私たち一人ひとりに訪ねて来られ、私たちの内に宿ることを楽しみにしておられたのです。だから今日の本文で、こう言われたわけです。「わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。

イエス様は私たちが祈る人になることを期待しておられました。理由は静かな時間にイエス様の心の中の秘密を私たちに知らせようと。その秘密を分け与えようと願っておられたからです。主は私たちにみことばを聞かせ、誰も聞いたことのない秘密を伝えようと願っておられました。つまり私たち一人ひとりにみことばを与えようとしておられたのです。だから主は喜ばれたわけです。主のふところに抱かれて主のみこころを聞く友達を期待し、願っておられました。主のみことばを喜んで待ち望む主の新婦たちを、主は期待をもって喜ばれました。

それをダビデは詩篇118:19でこう言っています。「義の門よ。私のために開け。私はそこから入り、主に感謝しよう。」これは毎日主のみことばを食べる神の子どもたちに対するみことばです。どうすれば清い義の道を歩めるかを知るために、切に主のみことばを慕い求める神の子どもたちのことです。彼らは主の御前でいつも清い心をもって歩もうとする人々です。心の中の、内側の人がいつも真理に従って歩もうとする人々です。

皆さん、この世の誰もが、どんな本やテレビ、インターネットも真理を教えることはできません。だから私たちは主のみことばの前に進み、主の義の門の前で待ち続けるのです。義の門の前で待ちながら、主がその門を開いてくださることを期待し、待ち続けます。これが主のみこころであり、私たちの生きる道だから、毎日聖書を読まなければなりません。聖書が義の門です。これだけが真の門であり、命につながる生ける道です。

神様はこの世が創造される前から、もうすでに主の新婦たちを期待し、喜んでおられたと言われます。つまりこれからずっとこの新婦たちの心を神の宮として、ご自分が住まわれる場所にしたわけです。エゼキエル書36:26-27「あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。わたしの霊をあなたがたのうちに授け、わたしのおきてに従って歩ませ、わたしの定めを守り行わせる。

主はこういう風に、私たちが生まれる前から新しい霊をもって私たちを待っておられたということです。しかし私たちはショッピングをしたり、テレビやYouTubeを見たり、この世のくだらないことに時間を費やしながらも、主のためには時間を出せない愚かな者です。私たちの新郎であられる主のために時間を出せない愚かな自分がいます。主は長い間私たちを待っておられ、この世を創造なさる前からこの喜びを期待しておられました。主はこの長い時間を私たちと共に送ろうとして待っておられたのです。これは教会に来て礼拝し、説教を聞くことを意味するのではありません。自分に対する神のご計画を失った者、神の恵みから遠く離れた者に対する主の戒めです。主は彼らを主の近くに導こうとされました。そして親密な交わりをし、心を分かち合い、主に対するいろいろな秘密を教えようとされたのです。

とにかく主は彼らに毎日秘密の空間で時間を過ごせる愛を願っておられました。その具体的な理由は彼らの弱さ、恐れ、恥ずかしさ、拒否された傷を癒す目的があり、新しい情報を与えようとされたからです。

主は私たちが主の御声を聞く方法をちゃんと身につけることを願っておられます。それは主の願いであり、警告でもあります。だから私は今、恐れています。主はイエス様を無視し、疎かにするような宮には来られません。私たちが主の宮として毎日聖書を読まなければ、そして主の御顔を求めなければ、教会に来て礼拝をささげ、いろいろな教会の活動をしても、つまりイエス様と個人的な交わりがなければ、私たちがやっているすべてのことは主の御前に立つ時、何の意味もなく、全部燃えてしまうことになります。それは、私たちが今までやって来たすべてのことが何の実もなく、価値もなく、主にとって何の意味もない無価値なものになることを意味します。そうしたら、私たちに対する主のご計画と愛がすべて私たちから速やかに離れ去ると思います。

しかし私たちは今からでも再び始めることができます。こう祈ることです。「主よ。今日が過ぎ去る前に、あなたと一緒に交わりの時間を持ちたいです。主よ。助けてください。私の心の中がいつも主の真理のみことばを黙想することができますように。みことばを通して私のたましいを目覚めさせてください。主よ。私を変化させて、このみことばをありのままで受け取ることができるようにしてください。

歴代誌第二14-16章を読みながら、私はショックを受けました。このみことばは、私のたましいの中心まで震えさせました。ユダの3代王のアサ王の話ですが、アサ王は主の恵みの中で政治を改革し、宗教改革をして異邦の祭壇や偶像を全部取り除いた信仰の強い王様でした。また軍事力も大きく増やし、クシュの百万の軍勢を打ち破ったユダの英雄です。彼は大きな勝利の中でも高慢にならず、いつも謙遜に主を求めた素晴らしい王様だったのです。

しかし16章からは彼の失敗が生々しく描かれています。北イスラエルの脅威を防ぐために、異邦の勢力のアラムと同盟を結んだわけです。これは妥協です。偶像崇拝と同じです。それでアラムをイスラエルに引き渡そうとした神のご計画に問題が生じたわけです。その時、預言者ハナニが現れて批判するのです。北イスラエルがアラムと同盟を結んで自分たち(ユダ)を攻撃するのを恐れて、むしろ自分がアラムと同盟を結んだアサ王に預言者ハナニは愚かな行動だと非難しました。昔だったら悔い改めたはずのアサ王は、今度は預言者に怒って彼を牢屋に閉じ込め、彼に従った民を踏みにじったと出ます。そしてその結果を、聖書はこう記録しています。歴代誌第二16:12-13「それから、アサはその治世の第三十九年に、両足とも病気にかかった。彼の病は重かった。ところが、その病の中でさえ、彼は主を求めることをしないで、逆に医者を求めた。アサは、彼の先祖たちとともに眠った。すなわち、その治世の第四十一年に死んだ。」この記事は、私の心も骨も震えさせました。

最初アサの使命はどこからなのかと、もし彼に聞いたら、彼ははっきり言ったと思います。自分の50万の軍隊ではなく、主からだと。そうです。彼に与えられた使命と力は大きな建物や高い城壁ではありません。彼の力の秘密は自分から出たものではなく、祈りの部屋、奥まった部屋で神様との交わりから出たものです。

皆さん、私は今も神の御顔を求めています。私が祈る時、主は私に「今日は何々をして、どこかへ行きなさい。」と指示をし、約束を与えてくださいます。私の働きの秘密はこれが全部です。なぜ主は人生最高の業績を残したアサ王に預言者を送って警告なさったのでしょうか。主はいつも主を愛している誠実な御民がどんな危険に陥るか、よくご存知です。彼らは大きな勝利を収めて、後に疲れ果てて霊的に怠けてしまう可能性があることを、主はよくご存知でした。

皆さん、アサ王に語られた主からのメッセージを聞いてください。今よりもっと熱心に主を求めてください。これからもっと、以前よりもっと、主が必要になると思います。私たちは大きな勝利を収め、主は私たちに大きな祝福を与えてくださいます。そして主は、さらに私たちに恵みと祝福を与えようとしておられます。しかしそれによって誘惑に陥らないように気をつけましょう。あまり焦らず、急がないように気をつけてください。私たちの家族や仕事、他の忙しすぎることや誘惑で時間が奪われ、それが偶像になって、主ご自身を求める時間がなくならないように気をつけてください。もしそうなると、油注ぎが消え去ってしまいます。清い秩序が離れ去ってしまいます。結局信仰を失って、失敗した他のすべての世代の人々と同じ運命になってしまいます。

イギリスの孤児の父と呼ばれたジョージ・ミュラーは祈りの人でもありますが、70歳のとき、主が彼に現れ、こう言われたそうです。「あなたは祈る人であって、今も祈る人である。しかし、これからもっと強く、もっと多く祈ってほしい。理由は、あなたがやるべき新しい使命があるからだ。最後にやるべき使命がある。」それでジョージ・ミュラーは70歳の時、新しい祈りをささげ、主を求め続けました。その結果、彼は95歳まで説教をし、25年間も全世界を回り、数千の働きを変化させ、チャーレンジし続けました。彼は信仰の中で生き、その信仰を失うことはありませんでした。彼は油注ぎを失わず、最後の最後まで主の御前に立ったわけです。

しかし私は残念な人々をたくさん知っています。一時主から用いられ、油注ぎもあり、たくさんの祝福を受けましたが、今は昔の話をしながら、テレビばかりを見ている情熱を完全に失ったクリスチャンたちを知っています。彼らは祈らず、聖書も読みません。主を求めず、主からのメッセージーも要りません。そして歳をとっていくだけです。

私も恐れています。そうならないように私を見守ってくださいと祈るばかりです。またTBIC教会が祝福だけを求めながら、怠けてしまう教会にならないように祈っています。私たちは教会で説教ばかりを聞いて、楽しむ人生ではありません。そして、人々がたくさん集まるだけの教会になりたくありません。ただ主の栄光が、主の臨在が溢れる教会になりたいのです。

皆さん、主の御前で、みことばの前で震えてください。私は今日さらにみことばの前で震えています。一時祈っていた敬虔な人々が、油注ぎによって用いられた素晴らしいしもべたちがそのすべてを失って悲惨な終わりを迎える、そんな悲劇が、今あちこちで起きています。この誘惑の時代に、地獄の門が大きく開かれた今の時代に、もっと熱心に主を求めなければなりません。心を尽くし、思いを尽くし、知性と力を尽くして、全身全霊で主を求めてください。いつも自分の心を点検してください。自分は本当に信仰の中にいるのか。主に時間を明け渡し、主を求めているのか。常に、点検してみてください。

主は私たちに、歴代誌第二15:2で、こう言われます。天からの預言です。「そこで、彼はアサの前に出て行き、彼に言った。アサおよび、すべてユダとベニヤミンの人々よ。私の言うことを聞きなさい。あなたがたが主とともにいる間は、主はあなたがたとともにおられます。もし、あなたがたがこの方を求めるなら、あなたがたにご自身を示してくださいます。もし、あなたがたがこの方を捨て去るなら、この方はあなたがたを捨ててしまわれます。

皆さん、もう今から心を決めてください。そして一生涯、祈りをもって主とともに歩もうではありませんか。これが私たちの、生きる唯一の道です。
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