信仰の証
主の恵みを交わし。

一〇年の彷徨(根来 伸治)

投稿者
tbic
投稿日
2021-01-07 10:22
閲覧数
153
むすこは父に言った、「父よ、私は天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。」(ルカ一五・21)

世の中、金や!

私が初めて教会に行くようになったのは、高校二年生の時でした。以前から聖書に興味があった私は、クリスチャンであった当時の副担任教師に今の教会を紹介してもらい、次第に熱心に通うようになりました。間もなくイエスさまを救い主と信じ、通い始めてから半年後に受洗、その半年後には聖霊のバプテスマと私の信仰生活はトントン拍子に進んでいきました。日曜日の聖日礼拝はもちろん、水曜日の祈祷会にも必ず出席し、一生懸命奉仕もしました。自分は一人前のクリスチャンであるという自負を持っていました。周りのクリスチャンの仲間もそう認めてくれていたと思います。

そんな私のクリスチャン生活が狂い始めたのは大学入学がきっかけでした。高校とは違った自由な学園生活の魅力にすっかり翻弄され、学校行事を口実にだんだん教会に行かなくなり、半年もすると全く行かなくなってしまいました。それに比例するように入学当初あった向学心もだんだん薄れてきて大学もあまり行かなくなり、悪友との飲酒、喫煙、ギャンブル、ナンパ、深夜徘徊に明け暮れるようになっていきました。

そんな時、こんな私を心配して教会の兄弟姉妹が電話をしてくれたり、テープや手紙を送ってくれたりしていたのですが、「宗教みたいなもん何でいまさら、信じなあかんねん。辛気臭いんじゃ」と一笑に付していました。そして神さまのことなどすっかり忘れたまま、私の人生の歳月は卒業、就職、転職、結婚と、流れていきました。そして、実社会で揉まれていく内に、いつのまにか「世の中、金や。金を儲けたもんが勝ちや。金があれば何でもできる。その金を儲けるために人は努力しとるんや」というのが、私の人生観になっていました。ですから、就職してからの私はバリバリ働きました。当時はバブル経済の絶頂期でもあったので、それなりの収入を得ることができました。そして仕事からくるストレス発散のため、毎晩カラオケスナックやバー、パチンコ屋などに通い続けたり、欲しい物を気の向くまま、無計画に購入したりしていましたので、結局それほど手元にはお金は残りませんでした。それでも「世の中は金と努力」という持論を信じて、一生懸命働き続けました。仕事と遊びに明け暮れて家に帰ってくるのが、午前様と言うことは日常茶飯事、家に帰らないこともありました。結婚をして家内が長男を出産しても、私は相変わらず、仕事が終わると毎晩のように飲み歩き、全く家庭を顧みませんでした。そんな好き放題の毎日にもかかわらず、当時の私はいつも何か満たされない飢え渇きを持っていました。外車、高級マンション、高級ゴルフセット、海外ブランドの服、時計、etc、欲しい物を次から次へと手に入れても、「もっと良い物、もっと良い暮らし、もっと、もっと」とキリがない位に貪欲でした。

長男の突然死

そんなある日、私に大変なことが起こりました。生後二カ月の長男が病気により急死したのです。乳幼児突然死症候群という予想もできない病気でした。その上、その事を苦にした家内が飛び降り自殺を図ったのです。家内は重体で一時は生命をも危ぶまれましたが、何とか一命を取り留めました。突然降って湧いたような次から次に起こる災難に、私は「俺の人生はこれからどうなってしまうねんやろ」と思いました。言い知れぬ不安と恐怖が私を包みました。まるで悪魔に心臓を掴まれているかのようでした。ある日、家内を見舞った病院の帰り、急に切なくなり、走る車の中で私は何度も何度も叫びました「なんでや!俺が何をしたっていうんや!」と。叫べば叫ぶほど、惨憺たる気持ちが私に押し寄せてきました。悲しくて悲しくて、涙が出て涙が出て、仕方ありませんでした。頭の中がスカスカになるほど泣き、涙も枯れ、もう泣く力さえなくなった頃、車の窓から一カ月前に長男の初節句のお祝いをした神社が見えてきました。

その瞬間、言いようもない猛烈な怒りが込み上げてきて、大声でこう叫んでいました「神さまがおるんやったら、何でこんな事になるんや!神さまがおるんやったらなんでこんな惨い仕打ちをするんや!神さまんか嘘や!神さまなんか居らん!宗教なんか嘘や!皆インチキや!」と。

その日から私は、大の神さま嫌い、宗教嫌いになりました。私の家庭の不幸を何処からか聞き付けて様々な宗教関係の人々が勧誘に来ましたが、私は頑として撥ね付けました。「人の弱みに付け込みやがって、なんて卑怯なんや!」その事は益々私の宗教嫌いに拍車をかけました。時は流れ、家内の怪我も日に日に良くなり、息子の死を痛む苛烈なる苦しみも日を追う毎に薄れていく中、私は「息子の死とは、一体なんやったんやろうか?」と、物思いに耽ることが多くなりました。色々な事を考えていく内に次第に二つの事が、輪郭を持った実態のある物のように鮮明に判ってきました。一つは、今まで世の中は金や努力でどうにでもなると思っていたがそうではなく、世の中には金や努力ではどうしようもないことがある、運命的な出来事、特に死に対しては本当に無力であること。もう一つは、人間は自分で生きているのではなく、「何か」によって生かされている存在ではないかと言う事です。でもその「何か」とは神であるとか仏であるとかとは考えられませんでした。いや考えたくなかったのかもしれません。私は神を否定し、宗教を疎ましく思っていましたから。

しかし、息子は朝まで元気ではしゃいでいたのに夕方には病気で突然亡くなり、家内は死ぬつもりで飛び降り自殺を図り、実際生死の境をさまよっていたのに、今生きている。この生と死のあまりにも対照的な出来事を通して、人間は自分の生命を自分の意思で自由にできないのではないのか?「何か」によって生かされている存在ではないか?という事を強く感じたのです。それからの私は、家庭を顧みなかったこと、拝金主義に生きてきたことを深く反省し、自分は生かされている存在であることを自覚し、今まで見向きもしなかった慈善事業やボランティア活動に目を向けるようになりました。そのような活動に募金をしたり、また献血もするようになりました。生かされている人生を少しでも世の中から疎外されている人々や弱者のために役立てようと思ったからです。またそうすることで、今まで自分勝手に生きてきたことに対する償いをしようとしたのかも知れません。

そして息子の死から三年の歳月が流れていきました。

神のもとに立ち返る

ある土曜日の夜。深夜番組を見ていてなんとなく眠れなくなってしまい、翌朝まで本を読んだりしながら起きていました。ふとテレビをつけると『幸福への招待』という福音番組が映し出されて来ました。宗教嫌いの私のことですから、そんな番組がやっていると普段ならすぐにチャンネルを変えるか、テレビを消してしまうのですが、その日は徹夜明けということも手伝ってか、何も考えずにただボーっとその映し出される映像を眺めていました。

番組の中で説教者のダビデ・チョー・ヨンギ師が、ローマ人への手紙九章二一節から陶器を造る者の譬え話をしておられました。その内容は、「陶器を造る者が陶器を造るときには、まず陶器になる粘土質の土を選び、そして次にその土の中にあるワラやゴミなどの不純物を全て取り除き、次にその土の塊やしこりなどをよくこねて、潰して柔らかくして、器の形に整えて、最後に火で焼いて完成させる。陶器を造るものとは神のことであり神は神の器として人を用いるとき、まず土を選んだように人を選び、そしてその人の心の不純物である悪しき思いを取り除き、その次に自我という名の固い塊、しこりを潰してこねて柔らかくして、神の用いる器の形に整え、最後に聖霊なる炎で焼いて神の器とする」というものでした。

この話を聞いた瞬間、心に覆い被さっている幕のようなものが取り去られた感じがしました。そして雷に打たれたような衝撃が背中に走りました。番組が終わった後も暫し呆然としていたほどです。そして理解できたのです、いや理解させていただいたと言った方が適切かもしれません。そして初めて教会に行ったときから神さまは私を選んで下さっていたこと、あの一端のクリスチャンを自負していた頃、私にはまだ心に取り除かなければならない物が沢山あったこと、そして様々な体験を通して、自我が砕かれ、人間は生かされている存在であることを体験的にわからせていただいたこと、それらの事が理解できました。そして人間の生命を司る「何か」とは今まで頑なに否定し続けてきたけれど、それが「神」であるということを素直に受け入れることができました。そして人間が造った偶像ではなく、宗教ではなく、実在されているこの天と地を創造された唯一の真の神は、今まさに私に触れてくださった、このお方だということが本当に心の底から理解できたのです。私の頑なだった心が神の温かい御手に触れられ氷解していくのを感じました。私はそのまま導かれるように、祈りの姿勢を取りました。その時、教会を離れて一〇年の歳月が流れていましたので、一〇年ぶりのお祈りです。まず主から長らく離れていたことを心からお詫びしました。それから次から次へと主が示される今まで犯してきた罪を言葉に出して悔い改めの祈りをしました。

三〇分も祈ったでしょうか?気がつくと私は涙を流していました。顔の前で組んだ手がビショビショに濡れるほどでした。その日から私は再び、毎日祈り、聖書を読むようになりました。それから、ほどなくして毎日の祈りの中で「あなたの母教会に帰りなさい」との示しを受けるようになりました。実は私は、母教会ではなく、こっそり違う教会でクリスチャン生活を始めるつもりでいました。祈りの中で私は主に抵抗しました「主よ、私は一〇年も母教会を離れていたのです。今さらおめおめ戻ることなどできません」と。しかし、さらに主は「あなたには母教会で和解しなければならない兄弟姉妹がいる筈だ。母教会に戻り、その兄弟姉妹と和解しなさい」と示されました。その時、私ははっと思い出しました。大学時代、教会に来なくなった私を心配して電話や手紙をくれた兄弟姉妹がいたことを。特に電話をくれた一人の兄弟に対しては「宗教なんて、もうよろしいですわ!」とかなりきつい口調で一方的に電話を切ったことがあったのです。それを思うと何やらズキズキ良心の呵責を覚えました。

「母教会に戻りなさい」「主よそれだけは勘弁して下さい」何度か祈りの中、押し問答の末、ついに私は主に降参しました。「主よ、わかりました母教会に戻り、兄弟姉妹と和解します」そう祈ると今まであった心のわだかまりがスーッと取れて、平安が心にやって来ました。その時「ああ、やっぱり御心やったんやなぁ」としみじみ思いました。

それから程なく、私は母教会に行きその兄弟姉妹たちと会い、自分の非礼を詫びることができました。自分が心配していたほどのこともなく、その兄弟姉妹たちは私を快く赦してくれました。それどころか、「よく戻って来たね」と、むしろこんな私を温かく歓迎してくれたのです。

牧師先生も他の信徒の方々も同様に喜んで迎え入れてくれました。こうして私は無事に母教会に戻ることが出来ました。その日を境に救いが私の家庭にやって来たのです。まず家内が救われました、家内は「私は仏教徒だから。あなたがどうであれ、キリスト教は信じない」と言っていたのですが、私の変わり様を見て、ほどなく信仰を決心しました。次に弟が救われました。弟は私と同じく自堕落な生活をしていたのですが、救われ、変えられて、今はクリスチャンの女性と結婚し素晴らしいクリスチャンホームを築いています。そして私の家庭に二人の子供が与えられました。最初の子を亡くしたショックと怪我の後遺症のため、子供ができなかったのですが、救われてから心身共にいやされ、元気な子供を二人も授かりました。主がヨブの失ったものを二倍にして祝福されたように、二倍にして私にも祝福を与えて下さいました。

主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます。(使徒一六・31

このようにして闇から光へ、失望から希望へ、呪いから祝福へと私の人生を導いて下さった神さまに心から感謝します。
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