信仰の証
主の恵みを交わし。
全ての苦難は神様のプレゼントがあります(S.K)
投稿者
tbic
投稿日
2025-11-03 00:26
閲覧数
178
イエス様の恵みで日本のTBIC教会で皆さんと一緒に礼拝をささげることができて、どれだけ感謝しているかわかりません。一方では幸せだったりもします。私は済州市にある済州西門教会のシン・ギョンヒ勧士です。私を今まで導いてくださったイエス様をご紹介いたします。
私は韓国で一番美しい済州島西帰浦で生まれました。そして5歳の頃と覚えているけど、その時私の家の前には広い庭がある教会がありました。毎日友達と花を摘んで教会の庭でままごとをしながら楽しい日々を過ごしていて、自然に日曜学校に出て礼拝をささげるようになりました。そこで賛美歌とダンスというものを楽しく学びながら、小学校まではよく通っていました。
そうして思春期になって、とても恥ずかしくなり、当時はまだ儒教的風習が強く残っている時なので男子学生たちと一緒に礼拝するのがとても大変になりました。その時の両親も少し頑固な方で、教会に出席することをとても嫌がって、そうやって教会とだんだん遠ざかるようになりました。
成長した後、看護師の資格を取得し、ソウルのある病院の集中治療室に勤務することになりました。ところが集中治療室に勤務する間、毎日毎日死んでいく人々の惨めな姿を見ながら、人生に対する懐疑感とその虚しさが水のように襲ってきて、とても心の苦痛に苦しめられました。
「なぜこんなに人生の終着駅がみすぼらしくて虚しいのか、他に価値のある人生はないのか、こんなに何の望みもない人生に無気力に引っ張られなければならないのか」という悩みが私の心をネズミのように絶え間なくかじっていました。
その時、「あ~このままでは私が先に死んでしまう」という考えがよぎっていきました。
それで私の故郷のなれ親しんだ土地、済州にまた行って新しくまた始めようと決心して故郷の家に戻ることになりました。そして西帰浦のある病院に就職して通っていたのですが、家の中では両親が毎日喧嘩するせいで、退社しても家に帰りたくないという葛藤が起こり、再び眠れなく悩む日々が続きました。また死んでしまおうかという恐ろしい考えもしつこく私を攻撃しました。
ある日の朝出社するためにバスを待っていた時、教会から賛美歌の声が聞こえてきたのですが、涙が滝のように溢れました。幼い頃から楽しく歌っていた賛美歌が一緒に私の口からも口ずさむと流れ出てきました。出社して退社するまでも私の心は賛美歌で溢れていました。家に帰ってからもずっと賛美歌で口ずさみました。両親の喧嘩の声も聞こえませんでした。この瞬間だけはどれだけ幸せだったかわかりません。
また昔の教会に戻りました。イエス様が忘れずにこの罪人を呼んでくださったのです。もうイエス様と一緒の人生が始まりました。礼拝を通じてイエス様を離れた人生がどれだけ辛くて苦しいのか、イエス様を離れた人生がいかに平安はなく恐怖だけが積もるのかを痛感しました。
それでも冬は来るように父の酒酔いはだんだんひどくなっていき、それに伴い母の叫び声はさらに高くなっていきました。それでもイエス様は耐えられる力を与えてくださいました。偶然に開業式をする友達のお祝いに行った席で一人の男生と知り合いました。本当に見栄えのない人なのに、その唇があまりにも狡猾なほどに優れていて、騙されるふりをしたら、夕方ごとに訪ねてきて会ってくれとしがみつきながら、実の兄を通してもしつこく求婚を要求しました。家から逃げたかった私にとって、それは避けられない誘惑だったのです。そうやって逃げるように結婚を承諾してしまいました。それで出会って一ヶ月で結婚することになりました。
結婚したら幸せになると思ったけど、それはとても愚かな勘違いでした。建設会社に勤務する夫は建築技師ですが、あまりにもお酒が好きで夜遅くまで飲みました。ある時は深夜の1~2時に、またある時は午前3~4時に家に帰る日が続きました。たまには夜11時か、12時に帰宅する時もあるけど、それはたまにでした。夫はいつでも家に帰ってくると「食卓を出せ」という悪い癖があったのですが、これもまたとても疲れます。
夫の故郷は西帰浦土平呉氏集城村です。祝日になると先祖に対する法事をするのですが、家ごとに順番に従って法事を行ったりしました。だから一日中法事ばかりすることになるのです。法事をする男だけで約70人くらいになるのですが、その中にイエス様を信じる者が1人もいませんでした。夫も結婚したら教会に行くと約束したのに、いつそうだったのかと教会に行く気すらしていませんでした。義母も私がイエス様を信じる者になって親戚や町の人々に恥ずかしくて嫌だと怒りながら、嫁に来たら夫の家の伝統に従うように強要しました。
結婚して13年くらいになる時に起こったことです。その当時、国家倒産(IMF)が起きて夫は職を失い、その時から2年近く就職する気はおろか、夫は毎朝釣り竿を持って海に出勤しました。このようにプータローの人生を生きる中でも悪い癖を持った夫は酒に酔うだけなら、私に「イエス様について説明してみろ」と命令するように言いました。そうすると私は「イエス様は救い主であり、全能者であり、治療者であり、誰でも愛する」と答えると「とんでもないことを言うな」と酒に酔って眠ったりしました。
そんなある日、夫が教会に一緒に行こうと言いました。教会に出席した夫は牧師先生と聖書の勉強を始め、牧師先生を通じて気になっていたことを解決し、また聖書を読みながらイエス様との交わりがなされ始めました。そして本当にイエス様を人格的に受け入れることになりました。その後、夫は2010年に長老となり、2025年6月に退職しました。
私も現実的に多くの困難があったけど、日曜学校の先生として、賛美隊員として仕えながら神様の愛をもっと知るようになりました。特にイエス様をあんなに嫌っていた義母も年を取って病気が訪れ、誰も義母を迎えようとしなくなると、私の家に迎えることになり、一緒に教会に通うようになって、イエス様を受け入れ、洗礼を受けることになりました。
毎日うんざりして喧嘩していた実家の両親も年を取って私の家で8年間一緒に過ごしながら80歳でイエス様を迎えるようになり、結局天国に入りました。
平凡な私を選び、愛でこのすべての苦難を乗り越えさせ、今はイエス様がいなければ、生きられないいのちに導いてくださった神様にすべての栄光を帰します。私の中に内住し、イエス様に属する真の人間に作り変えてくださった聖霊の神様に無限の感謝を申し上げます。
苦難がなければ信仰は成長できません。皆さん。全ての苦難は神様のプレゼントがあります。うまく乗り越えられることを願います。
ありがとうございます。
私は韓国で一番美しい済州島西帰浦で生まれました。そして5歳の頃と覚えているけど、その時私の家の前には広い庭がある教会がありました。毎日友達と花を摘んで教会の庭でままごとをしながら楽しい日々を過ごしていて、自然に日曜学校に出て礼拝をささげるようになりました。そこで賛美歌とダンスというものを楽しく学びながら、小学校まではよく通っていました。
そうして思春期になって、とても恥ずかしくなり、当時はまだ儒教的風習が強く残っている時なので男子学生たちと一緒に礼拝するのがとても大変になりました。その時の両親も少し頑固な方で、教会に出席することをとても嫌がって、そうやって教会とだんだん遠ざかるようになりました。
成長した後、看護師の資格を取得し、ソウルのある病院の集中治療室に勤務することになりました。ところが集中治療室に勤務する間、毎日毎日死んでいく人々の惨めな姿を見ながら、人生に対する懐疑感とその虚しさが水のように襲ってきて、とても心の苦痛に苦しめられました。
「なぜこんなに人生の終着駅がみすぼらしくて虚しいのか、他に価値のある人生はないのか、こんなに何の望みもない人生に無気力に引っ張られなければならないのか」という悩みが私の心をネズミのように絶え間なくかじっていました。
その時、「あ~このままでは私が先に死んでしまう」という考えがよぎっていきました。
それで私の故郷のなれ親しんだ土地、済州にまた行って新しくまた始めようと決心して故郷の家に戻ることになりました。そして西帰浦のある病院に就職して通っていたのですが、家の中では両親が毎日喧嘩するせいで、退社しても家に帰りたくないという葛藤が起こり、再び眠れなく悩む日々が続きました。また死んでしまおうかという恐ろしい考えもしつこく私を攻撃しました。
ある日の朝出社するためにバスを待っていた時、教会から賛美歌の声が聞こえてきたのですが、涙が滝のように溢れました。幼い頃から楽しく歌っていた賛美歌が一緒に私の口からも口ずさむと流れ出てきました。出社して退社するまでも私の心は賛美歌で溢れていました。家に帰ってからもずっと賛美歌で口ずさみました。両親の喧嘩の声も聞こえませんでした。この瞬間だけはどれだけ幸せだったかわかりません。
また昔の教会に戻りました。イエス様が忘れずにこの罪人を呼んでくださったのです。もうイエス様と一緒の人生が始まりました。礼拝を通じてイエス様を離れた人生がどれだけ辛くて苦しいのか、イエス様を離れた人生がいかに平安はなく恐怖だけが積もるのかを痛感しました。
それでも冬は来るように父の酒酔いはだんだんひどくなっていき、それに伴い母の叫び声はさらに高くなっていきました。それでもイエス様は耐えられる力を与えてくださいました。偶然に開業式をする友達のお祝いに行った席で一人の男生と知り合いました。本当に見栄えのない人なのに、その唇があまりにも狡猾なほどに優れていて、騙されるふりをしたら、夕方ごとに訪ねてきて会ってくれとしがみつきながら、実の兄を通してもしつこく求婚を要求しました。家から逃げたかった私にとって、それは避けられない誘惑だったのです。そうやって逃げるように結婚を承諾してしまいました。それで出会って一ヶ月で結婚することになりました。
結婚したら幸せになると思ったけど、それはとても愚かな勘違いでした。建設会社に勤務する夫は建築技師ですが、あまりにもお酒が好きで夜遅くまで飲みました。ある時は深夜の1~2時に、またある時は午前3~4時に家に帰る日が続きました。たまには夜11時か、12時に帰宅する時もあるけど、それはたまにでした。夫はいつでも家に帰ってくると「食卓を出せ」という悪い癖があったのですが、これもまたとても疲れます。
夫の故郷は西帰浦土平呉氏集城村です。祝日になると先祖に対する法事をするのですが、家ごとに順番に従って法事を行ったりしました。だから一日中法事ばかりすることになるのです。法事をする男だけで約70人くらいになるのですが、その中にイエス様を信じる者が1人もいませんでした。夫も結婚したら教会に行くと約束したのに、いつそうだったのかと教会に行く気すらしていませんでした。義母も私がイエス様を信じる者になって親戚や町の人々に恥ずかしくて嫌だと怒りながら、嫁に来たら夫の家の伝統に従うように強要しました。
結婚して13年くらいになる時に起こったことです。その当時、国家倒産(IMF)が起きて夫は職を失い、その時から2年近く就職する気はおろか、夫は毎朝釣り竿を持って海に出勤しました。このようにプータローの人生を生きる中でも悪い癖を持った夫は酒に酔うだけなら、私に「イエス様について説明してみろ」と命令するように言いました。そうすると私は「イエス様は救い主であり、全能者であり、治療者であり、誰でも愛する」と答えると「とんでもないことを言うな」と酒に酔って眠ったりしました。
そんなある日、夫が教会に一緒に行こうと言いました。教会に出席した夫は牧師先生と聖書の勉強を始め、牧師先生を通じて気になっていたことを解決し、また聖書を読みながらイエス様との交わりがなされ始めました。そして本当にイエス様を人格的に受け入れることになりました。その後、夫は2010年に長老となり、2025年6月に退職しました。
私も現実的に多くの困難があったけど、日曜学校の先生として、賛美隊員として仕えながら神様の愛をもっと知るようになりました。特にイエス様をあんなに嫌っていた義母も年を取って病気が訪れ、誰も義母を迎えようとしなくなると、私の家に迎えることになり、一緒に教会に通うようになって、イエス様を受け入れ、洗礼を受けることになりました。
毎日うんざりして喧嘩していた実家の両親も年を取って私の家で8年間一緒に過ごしながら80歳でイエス様を迎えるようになり、結局天国に入りました。
平凡な私を選び、愛でこのすべての苦難を乗り越えさせ、今はイエス様がいなければ、生きられないいのちに導いてくださった神様にすべての栄光を帰します。私の中に内住し、イエス様に属する真の人間に作り変えてくださった聖霊の神様に無限の感謝を申し上げます。
苦難がなければ信仰は成長できません。皆さん。全ての苦難は神様のプレゼントがあります。うまく乗り越えられることを願います。
ありがとうございます。
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