信仰の証
主の恵みを交わし。

羊飼いのいない羊(小松 美沙子)

投稿者
tbic
投稿日
2020-12-04 18:13
閲覧数
502
小さい頃から本を読むことの好きだった私は、高校を卒業して勤め始めた頃、三浦綾子さんの本に出会いました。特に心引かれたのは青春時代の自叙伝『道ありき』でした。何度も読み、「ここには何かある。私の求めている真理や愛がある」と思っていました。けれど教会はなんとなく敷居が高くて、行ってみようと思うこともなく、導かれることはありませんでした。

私は、兄二人姉一人の末っ子として育ちましたが、家庭環境に恵まれず、私が物心ついた時には、父は酒乱で精神病院に入院しており、母は何度か結婚を繰り返し、異父兄姉が何人かいるということを、子供なりにも大人たちの話から分かっていました。人間の持つ暗さというものを感じとっており、触れてはいけないものだと思っていました。母もそのような状況の中、酒乱ぎみで、子供の頃、学校から帰るとよく家に何人か集まり花札賭博などもしていました。

また、ある宗教に入信しておりお酒を飲んではほかの人のために霊をおろして口伝えをするようなこともしており、末っ子の私はよく連れられてお寺やお宮に行き、知らず知らずの内にお経も唱えられるようになっていました。

思春期になった頃から、上の兄姉たちも家を離れ、母との二人暮らしになりましたが、母への情けなさや、嫌悪感、自分に対しての惨めさ、恥ずかしさ、また自分には価値がない、誰からも愛されていないなど、様々な心の葛藤があり、感情を押し殺すことが多く、口数の少ない子で、劣等感、自己嫌悪、罪責感が非常に強く、それが重い鉛のように心につかえていたのです。

二四歳で結婚し、優しい主人と二人の男の子にも恵まれ、何の不自由もなく幸せな結婚生活でしたが、私の心の中はいつも鉛を抱えているような重苦しい状態でした。

長男が四歳になった頃、キリスト教を基とした婦人の生活勉強をしている会に誘われました。クリスチャンの方も何名かおり、子供も教会の幼稚園に通うようになり、「聖書」や「教会」が身近なものとなってきましたが、まだまだ教会の敷居が高く、子供だけでもと日曜学校に通わせていただきました。その会では、聖書を直接読んではいませんでしたが、会の創始者の本を読んでおりました。その本のある聖書の箇所に触れました。

「イエスは、舟から上がられると、多くの群衆をご覧になった。そして彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ、いろいろと教え始められた。」(マルコによる福音書6:34)

「ああ、私もこの羊飼いのいない羊のような者だなあ」と思ったこと、また心の中の何か知れない暗さのようなものをはっきりと意識し、それが聖書で言う罪なんだなあと思っていました。そんなときが何年か過ぎたある日、「世の光ラリー」の集会に導かれ、その牧師の語られる聖書の言葉を通してはっきりとイエスさまを信じることができました。その聖書は「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(コリント人への第二の手紙5:17)でした。イエスさまを信じる人は一緒に祈ってくださいという招きの祈りに応えながら、「私を救って下さるのはイエスさまだけだ。私を新しくして下さるのはイエスさまだけだ」と涙と感動をもってイエスさまを信じることができました。

その後、教会にも導かれましたが、霊的な面ではまだ目が開かれておらず、二年ほど前に亡くなった母の仏壇に供え物をするため兄の家まで行っていたりしました。イエスさまは私の魂の救い主、けれどもそれとこれとはまた別と思っていたのです。けれど教会に行き始めて四、五カ月した頃、だんだんそれがサタンとの関わりだとわかり始めてきました。

我が家には家を建てたとき、慣習として奉っていた神社の神棚がありましたので、それを取り外す思いが与えられ、まだ未信者だった主人にそのことを話すと快く取り外してくれ、ちょうど一月だったので神社のドンド焼きで焼くことができました。

そんなことも忘れていた一カ月ほど経ったあるとき、小学三年生だった二男にサタンの攻撃が来ました。風邪を引いているわけでもないのに高熱を出し、寝かせていると突然ムクッと起き上がり、私に向かって「棒を持って来い」「死ね」とにらみつけて言うのです。その後すぐ「お母さん、怖いよ」と言って泣きます。そんなことが三日の間、何度か繰り返され、すぐ教会の宣教師に連絡をとりました。宣教師が毎日家に来て祈ってくださり、三日目でおさまりました。その後もこのことのために祈り続けて下さっていました。

私は、まだ教会に行き始めたばかりで洗礼も受けておらず、サタンが怒っていると説明されてもよくわからず、母は確かに偶像崇拝をしていたけど、「私が信じていたわけでもないのに」などと思っており、よくわかりませんでしたけれども、後になってからこのようなことを通しても自分自身が罪と呪いの中にある者、またどんなにかサタンに縛られていた者であるかを知ることができました。イエスさまの十字架は私の罪のためであること、またその十字架の恵みによって、くるりとイエスさまの方に向きを変えることができたことを感謝しました。

その後、洗礼を受けることもでき、教会生活を守ってきましたが、罪責感がまだまだ強く、自分は駄目だ、誰も私のことを分かってくれない惨めさ、そのような思いになりやすく、心のつかえがなかなかとれませんでした。けれども、ある時、聖餐式を通して主は素晴らしい恵みを与えて下さいました。

その日は聖日ではなく祈り会で初めて聖餐式を行ないました。宣教師を通して語られる「これはあなたがたのためにさかれたわたしの体です。これはあなたがたのために流されたわたしの血潮です」という言葉がイエスさまの声にいつしか変わっていました。何もない丘の上に、十字架につけられ傷だらけのイエスさまが見えました。「見てごらん、見てごらん。その傷はすべて受けたからもう泣かなくてもよい」とイエスさまが声をかけてくださったのです。実はその数日前、「神さま、聖餐の本当の意味を教えてください。主は決して形式でこれをしなさいとおっしゃっているわけではないでしょう」と祈っていたのです。そして、ある本を通してその意味を教えられ、このことが私のうちにもなりますようにと祈ったばかりでした。主はなんとあわれみ深く真実な方なのでしょう。その時から劣等感、自己嫌悪、罪責感から解放され胸につかえていた鉛がストーンと落ち、時として弱さを覚えることがあっても、自分から目を離しどんな状況のときにもイエスさまを讃美することができるようになりました。なかなか受け入れることができなかった境遇も、神さまが良しとして与えられたもの、父母も良しとして与えられたのだと思えるようになりました。

また、福音を知らずに亡くなった父母の魂はどうなったのだろうと思い煩っていたことも、真実な神さまの御手にゆだねる信仰が与えられ、平安を得ることができました。

反対はしないけれど救われるのはいつだろうと思っていた主人も、思いもかけず、うつ病の状態が一年半続きそれを通してイエスさまを信じることができました。その間、やっと仕事に出て行く主人の背中を見ながら、自殺するのではないだろうかと思えるような不安を覚えるときも、祈りを通して不思議と主への讃美、感謝そして平安が与えられました。その間、宣教師の祈りに支えられ、また何よりも主ご自身が支えて下さいました。私が洗礼を受けてから二年後、主人も洗礼の恵みを与えられ、夫婦そろって主を礼拝する恵みにあずかっています。

「神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。」(コロサイ人への手紙1:13-14)

「ご承知のように、あなたがたが先祖から伝わったむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。」(ペテロの第一の手紙1:18-19)
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