信仰の証
主の恵みを交わし。

日蓮からキリストへ(S.H)

投稿者
tbic
投稿日
2020-10-14 11:12
閲覧数
3769
日蓮系の教団・教派

日本でいま一番信徒が多いのは日蓮関係の教派・教団である。創価学会だけでも1700万会員といっている。創価学会を破門した日蓮正宗の傘下教団は、妙信講を始めとしてまだまだ勢力があり570万信徒である。立正佼正会も600万いる。

伝統的な日蓮宗十宗派(日蓮宗、顕本法華宗、法華宗陣門流、法華宗真門流、法華宗本門流、本門法華宗、日蓮本宗、本門仏流宗、日本山妙法寺、国柱会)の信徒総数も少なくはない。ちなみにこれらの伝統的な教派は日蓮正宗や創価学会を異端だと思っている。それに、法華経を聖典とする霊友会、仏所護念会の系統も数百万人いる。これら宗教年鑑で発表されている日蓮係教団信徒の数字を合計すると人口の50%を超える計算になってしまう。しかし、名ばかりの信徒も多いから実状はその半分としても約27%なので少ない数ではない。クリスチャン人口1%というのはなんとも情けない数字である。

しかし、仏教の場合、教派、教団が違うと、仲間意識はほとんどなく、むしろ敵対している場合が多いので、全体で一つの勢力と考える必要はないのだが、それにしても、小さい宗派でもキリスト教界よりは大きい。

日蓮教学の研鑽

ところで、私は、国柱会系の本化妙宗というところに所属していた。国柱会というのは日蓮宗の僧侶から還俗して在家仏教の基礎を作った明治・大正・昭和の初期の時代の宗教改革者である田中智学の教団である。父が熱心な信徒で本化妙宗というそこの教団の理事であり、少年のころから影響されていたので、大学に入ると同時に、十八歳で鎌倉にある学塾に入門した。在家仏教なので出家ではないのだが、ほとんど気分は出家と変わらなかった。

ここで三年半専門的に勉強すると同時に70年安保の前後において右翼活動をした。その後社会に出て、印刷会社や出版社をやりながら、日蓮教学の研鑽と右翼活動をやっていた。

私がその学塾に入るときは、ちょうど70年安保騒動の前年に当たっていて、世の中が騒然としていた。この教団は政治的な色彩も強く、日蓮の国家諌暁という精神を継承して、新左翼の暴力革命に反対していた。70年の安保改訂の時に、もし首都が騒乱状態に陥ったら軍事行動を起こすべく、軍事訓練もした。歴史的には満州事変を起こした石原莞爾が先輩にいてそれを誇りにしていた。自分では宗教的な信念でやっていたのだが、世間からは右翼と呼ばれた。また、文豪の高山樗牛の晩年、詩人の宮沢賢治もこの田中智学の国柱会の法華信者であった。

私は、西洋の哲学を勉強しながらも、日蓮教学にのめり込んでいて、クリスチャンになるような経緯はなにも見当たらなかった。しかし、宗教思想としてキリスト教に興味がなかった訳ではない。その日蓮教団で、ある人はキリスト教の勉強も結構やっていて、山川智應博士などは比較宗教学的にキリスト教を研究し、著書「基督教と日蓮聖人の宗教」を発表する位だった。いま考えると驚くべきことなのだが、国柱会のある講師は、私にキリスト者である滝沢克己の著書を読めと勧めた。借りた滝沢克己全集を読んでもさっぱり分からなかった。西田幾太郎の薦めでカール・バルトの神学を学びに行った滝沢が「第一義のインマヌエルの原事実」といったことを発表していて、このことについて、その講師は酒を飲みながら盛んに私に論争を仕掛けるのだが、その当時はさっぱりこの問題の本質が分からなくて、意見をいうことが出来ないでいた(今ならいくらかお相手できるだろう)。教会に行くようになってから、自分が口語訳聖書をもっていたことに気がついた。たぶんこのころ買ったものであろう。

キリストとの出会い

そうしているうちに、70安保は過ぎ、三島事件も過ぎ、右翼な活動も下火になった。最初の教団とは分裂してそこを出て、同じ系統の国柱会に移って学びは続けていたが、父の死後、私が引き継いで経営していた印刷会社は無理な資金繰りから、手形詐欺に合って倒産してしまった。父から相続した吉祥寺の家も人手に渡ってしまい、失意のどん底であった。

そんなとき不思議な導きで、プロテスタントのカリスマ派の教会を訪ねた。初めて日曜日の礼拝に出席した。商工会議所の二階の会議室でもたれていたのだが、私がイメージしていた教会はカトリックであったようで、このときの新鮮な驚きとともに、神が活きて働かれていることが分かった。小さいグループであったが、牧師を始め神を崇め信じているということが分かり、これにも愕然とした。キリスト者をバカにしていた訳ではないが、確かにこちらの方が信仰が活きていることを発見してしまったのである。慌てて、聖書と信仰書(解説書)を漁るように読んだ(二、三カ月で100冊くらい)。

「あなたへ」という小冊子の最後に、イエス・キリストを主として受け入れる決心の祈りが書いてあったので、声を出して祈ってみた。

この時は別段、劇的な回心が起こった訳ではなかった。それよりも二つの大きな疑問にぶち当たってしまった。創造主なる神とその神が活きて働かれていることは信じていたのだが…。

一つ目は、イエスが十字架に掛けられて死んだことが、なぜ「勝利」なのか。

二つ目は、福音の唯一性ということで、イエス・キリスト以外になぜ救いがないのか。ということだが、日蓮に救いがないということがどうも理解に苦しんだ。日蓮の方でも法華経以外に救いはないと言っているので、悩みに悩んだ。

ある日、聖書を読んでいると、「この方(イエス)以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」(使徒4:12)という御言葉が目に飛び込んで来た。

仏教でいうなら「悟り」が与えられたという心境である。うれしくなって一人で笑ってしまった。以来、自分が罪人であるということもよく分かり、涙ながらに罪を悔い改め、主イエスの十字架を信じて罪が赦された存在であることも分かった。またイエスの十字架の死は三日後の復活につながり、それは罪と死に打ち勝ち、サタンに対する決定的な勝利であることも充分理解できた。

教会に初めて行って以来、一年三カ月後に基本的な疑問はすべて納得できて洗礼をうけた。

そして今、それから17年経ってしまった。振り返ってみると、日蓮の宗教を勉強すればするほど、キリスト教に近づいていたような気がする。日蓮の宗教には無数にキリストへの契機が内在しているようだ。

というわけで、クリスチャンには伝道のために日蓮の宗教がどういうものかを語ることができ、日蓮信徒にはキリスト教を紹介するチャンスがいつの間にか与えられたような気がする。この小論では目的の一部しか果たせないが、今後は一冊本を書くつもりで取り組んでみたい。
合計 69
手順 タイトル 投稿者 投稿日 推薦 閲覧数
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聖書のみことばと祈りによって導かれた結婚(W.J)
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一度死に損ねて、神様に拾ってもらった人生(W.S)
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