信仰の証
主の恵みを交わし。

真の平安への道(天野 由紀子)

投稿者
tbic
投稿日
2020-11-20 19:26
閲覧数
220
あい次ぐ災難

70年ほど前、第二次大戦中の中国の天津で、5人姉妹の3番目として生まれた。両親に連れられ命がけで日本に引き揚げ、埼玉県の浦和に18年、大阪に移り住んで32年。大阪にいるあいだに結婚し、今は淡路島に住んで20年余りになる。私の70年間の人生の中で、主人とのつき合いより長く、50年近くつき合っているのが『週刊朝日』という雑誌である。実は、この週刊誌が、私の人生を大きく変えるきっかけとなった。

大阪の高槻市に住んでいた1986年、週刊朝日で三浦綾子さんの「ちいろば先生物語」の連載が始まった。私は本は好きだが女流作家は苦手だったが、連載1回目の冒頭の「淡路島の南部」という文字が目に入った。その前年、主人が淡路島に小さなセカンドハウスを建て、私も時々、主人の釣りにつき合って行った。それで、淡路島のことが少しでも分かればと思って読み始めた。その物語には、神をどこまでも信じ続ける榎本保郎牧師の壮絶な人生が描かれていた。そして、この連載と同時進行するかのように、わが家にいくつもの災難が降りかかって来た。

母が大腿骨骨折で緊急入院、長期入院していた姉が敗血症を併発して重体、次男の不登校に始まる様々な問題が重なるように起こった上に、さらに大問題が襲ってきた。当時、主人は小さな会社を経営していたが、仕事上、2人の方の個人保証人となっていた。その2人が突然、夜逃げしたのだ!会社経営は主人がひとりで取り仕切っていて、私は何も知らなかった。だから、もう頭も体もパニック状態で、主人への信頼はいっぺんになくなり、怒りとくやしさでいっぱいとなった。それでもなんとかしなければ、一度に降りかかった3つも4つもの災難をなんとかしなければ……。私は悩み苦しんだ。会社存続のためには、なにはともあれ経営建て直しと債務支払計画が最優先課題だった。当時、昭和のバブル期だったので、銀行はいくらでも融資してくれるという。でも私たちは、債務のために新たに借り入れることはしなかった。その代わり、唯一の財産であるわが家を処分するという、辛い選択をした。しかし、後からふり返ると、そのとき私たちはすでに神の救いのご計画の中にあり、ベストの選択へと導かれていたのだ。

こうして、いくつもの難問を抱えながらの苦闘が始まった。私はまだ神様を知らなかったのだが、問題は一つ一つよい方向に向かっていった。わが家が適切な価格で売れ、主人は会社再建に頑張り、私も経理を担当し、債務支払計画を実行していった。その間の1年間は、賃貸アパートでの人生のやり直しとなった。プライドはそぎ落とされ、身辺も無駄を整理して身軽になる訓練の時だった。多くの方々の協力を得て、事業はしだいに安定し、会社存続の見通しも立ってきた。そのうち、新しいマンションや小さな家まで手に入れることができて、母や姉の状態も小康を保ってきた。ところが、周りの状況の安定とは裏腹に、なぜか私の心はむなしさでいっぱいだった。

苦しみからの脱出

こんな苦闘の中でも読み続けた週刊朝日の「ちいろば先生物語」も、1年間の連載が終わった。毎回、何か慰められ、励まされ、時には「神って何?」「イエス様って?」といった思いを抱きながら読んでいた。そして、その1カ月後、アパートの郵便受けに、小さなチラシが1枚入っていた。それには、「コーヒーブレイクをご一緒に」と書かれていた。アパートのすぐ近くにある教会からのものだった。1987年3月5日、忘れもしない小雪の舞う寒い朝、暗く沈んだ心で、誰かに背中を押されているように感じながら、初めてその教会を訪れた。デンマーク人の女性宣教師が、にこやかに迎えてくれた。「私を助けて…」と、初対面の宣教師イエッタに叫んだ。彼女は、長い長い私の話を聞き終わると、静かに言った。「あなたは、イエス・キリストを神の子と信じますか?」私は「はい、信じます」と、分からないまま答えた。するとその時、周りがパッと明るくなったように感じて、心が急に軽やかになった。それが神のご計画による、苦しみからの脱出と救いの始まりだった。

宣教師からいただいた『リビングバイブル』を夢中になって読み、イエス・キリストのことを知っていった。聖書に書かれていることから、「全く罪のない、神のひとり子のイエス様」が、私の罪の身代わりとなって「十字架の上で死なれ」、「3日目に復活された」ことを信じるようになっていった。神の愛にふれ、大きく変えられた私の姿に何かを感じた主人も、一緒に礼拝に行くようになった。そして、5月のある日、帰宅途中に「わたしのもとに来なさい」という神の迫りにうながされ、「神を信じます!」と信仰告白をした。常々「神なんて、いない」と公言していた主人が、「神はおられる」と言った。なんという神の不思議な力だろうか。

その教会は、ユース・ウィズ・ア・ミッション(Youth With A Mission)というキリスト教宣教団体のベースだった。多くの外国人宣教師たちとともに礼拝し、暖かい交わりと多くの祈りの中、主人も私も絶望から希望へと変えられていった。そして、1987年10月、夫婦そろって洗礼を受けてクリスチャンとなった。心も体も弱いのに、ただ気の強さだけで44歳まで生きてきたような私だった。あい次ぐ苦難に疲れ果て、弱り果てた私に、イエス様が出会ってくださった。そして、私がイエス様を「救い主」と信じ、自分自身をゆだねた時、真の「心の平安」が与えられた。今、私の妹たちとその家族、孫たち、友人たちへとイエス・キリストの福音が伝えられ、救いの喜びが広がっている。ただただ神の恵みによることである。

「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。」新約聖書 マタイの福音書7章7節

 
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