信仰の証
主の恵みを交わし。

トイレに近い者から三浦綾子の本によってイエス・キリストに近い者へ(井上 隆之)

投稿者
tbic
投稿日
2021-02-28 23:53
閲覧数
47
私が小学一年生の時、膀胱炎になった。お漏らしをしたこともある。以来トイレが近く、特にトイレを我慢しすぎた中学一年生のころからは、休み時間ごとにトイレに行っていた。これは大学時代まで続いた。大学生になって、家庭教師のアルバイトをするようになった。しかし、大学四年生の夏休み、あまりにもトイレが近くなりすぎて、家庭教師も辞めた。社会人になって、入社研修の時の二時間の講義があったが、私は一時間ごとにトイレに行くため抜け出した。これがもとで社会人二年目の時にはいじめにもあった。社内旅行も車ではトイレが近いので不安だったので行き渋り、電車で行ったりしていた。

この頃ストレスから心臓がどきどきし、このまま死んでしまうのではないかということがたびたびあった。遊びに行ったさきでそのようになり新宿の病院に行ったり、友達の家に泊まっているときにもそのようになって救急車を呼んだり、救急車のサイレンを聞いただけで、心臓がどきどきすることがあった。でもいずれの場合もしばらくするとおさまった。

話は前後するが、社会人一年目の冬、その頃ホームシックで故郷の北海道のものを集めていた。古本市をやっていたので、ふと寄ったら、三浦綾子さんの『塩狩峠』という本があった。北海道の峠かなと思ってみたらそのようなので、買った。これを読んで感動した。特に主人公の妻になるはずだったふじ子の、病気であっても明るく前向きな姿に。この本は何度も読み返した。次に三浦綾子さんの本を読んだのは、社会人四年目の秋。友達が「本を読みたいから、貸してくれ」と言うので、『塩狩峠』とあと二冊貸した。その友は『塩狩峠』から読み始めてその友も感動して、私に『泥流地帯』を貸してくれ、私は三浦綾子の本を次々と読むようになり、『道ありき』『光あるうちに』『旧約聖書入門』『新約聖書入門』など読むようになった。

この年のクリスマスには聖書も買って読んでいった。しかし、読んでもよくわからず、悩みも深くなったので、社会人五年目五月二〇日、キリスト教会に行ってみた。もちろん出かける直前トイレに行くことは忘れなかった。しかし、その日、教会には、だれもいなかった。二階に上がっても、人の気配なし。日曜日の九時五〇分というのに。でもその時はこういうものなのかなあとも思って待っていた。しばらくすると、一人の男性が来た。挨拶をしていたら、ご夫妻が来られ、奥さんが「初めての方?今日は野外礼拝なのよ。よかったらこちらの礼拝の後にいってみませんか」と言ってきたので、私は「はい、行きます」と即答してしまいました。

礼拝が始まって、まず讃美。奏楽もなく、一〇人足らずで歌いましたが、それは微笑ましいものでした。その後、私を野外礼拝に誘った人のご主人が、メッセージ、「愛について」でした。この方の語尾が少しなまっていて、もしかしたら北海道出身の方かなと思いました。短い礼拝が終って、私よりも少し年上と思える男性が私に近づいてきて、「猿が進化して人間になったのか、神さまが人間を造ったかだよ。もちろん私は後者を信じているけどね」と。私は三浦綾子さんの本から、聖書は信じられるものだと思ってきていたので、「そうですね」と。

野外礼拝が行われている場所は一時間足らずのところということで、まずトイレに行き、私を野外礼拝に誘ったご夫妻の車に乗せていただいて、黒沼田(クルミタ)に向かった。途中、奥さんが、私の方に向いて、「主人は二〇数年前に北海道から出てきたんですよ」と。私も「やっぱり。なまりで、もしかしたら北海道の方かなと思っていました。私も北海道出身なんです」これで私の心も開きました。会話もはずみました。黒沼田に着きました。その時、二人の少女がこちらに向かってきました。ご主人が、「おめでとう」と二人に言ったので、私は「どうしたのですか」と尋ねると、「二人は洗礼を受けたんだよ」と説明してくれました。その時はまさか私が二カ月後洗礼を受けるとは考えてもいませんでした。大勢の人々の中で、私は紹介され、牧師さんを紹介され、いちご狩りをし、二時過ぎ「夕拝は五時からあります」というアナウンスが聞こえました。行ってみようかと思いました。すると、教会まで送ってくださった方の奥さんが「夕拝にも来ませんか」と言ってくれたので、いったん家に帰って夕拝に出席しました。

その日の夕拝で、『どんな境遇にあっても、満ち足りることを知るために~』と讃美歌を歌っていたとき、突然感動の涙があふれてきました。これはこの日の素晴らしい出会いと私のようなものを愛してくださる方がいるという希望が与えられたからだったと思います。夕拝が終って帰ろうとしていたとき、車に乗せてくださった方の奥さんが、「水曜日の夜に聖書研究会がありますよ」と声をかけてくれました。私は教会に来る半年前に、信者にならないで自分を変えたいとひそかに聖書研究会に行ってみようかなと考えていたこともあったので、水曜日も出席しました。この前日、牧師さんからハガキをいただいたので、その返事に三浦綾子さんの本を読んで教会に行ってみたいと考えていたことなどを書きました。

次の週、礼拝の牧師さんのメッセージはヨハネの福音書二章一~十一節、カナの婚礼でイエスさまが水をぶどう酒に変えたところでした。「水のようにほっとけば腐ってしまうものから、ぶどう酒のように皆を喜ばせるものに変えてくださる救い。イエスさまを信じるという奇蹟は最初であって、聖書にあるようにイエスさまが次々と奇蹟をしたように、私たちもイエスさまを信じた後次々と変えられる」

これを聞いて私も変えられたいと思いました。その日の夕拝、牧師さんのメッセージは心に響きました。牧師さんが「イエス・キリストを心に迎え入れたいと思う人は手をあげてください」と言ったとき、私はすかさず手をあげました。そして、牧師さんの後についてイエスさまを心に迎え入れる祈りをしました。

イエスさまを信じてから、礼拝、夕拝聖書研究会とほぼ休みなく出席し、教会に通い始めてから一カ月のとき、洗礼を受けることを決意し、七月二九日洗礼を受けました。また、この日から、教会学校中学・高校生クラスを見学し、翌年四月から正式に中学生クラスの教師となりました。一年目の伝道集会には、友など八人が教会に来て、内四人は教会に泊まりました。

トイレの話に戻りますが、教会に来始めた頃は必ず家でトイレを済ませて、教会へ行き、礼拝が終るとトイレに行っていましたが、いつの頃からかトイレの近いのがなくなっていき、夏の聖会が御殿場であったときは、片道二時間トイレに行かなくても大丈夫でした。

今では、朝トイレに行った後、夕方までトイレに行かなくても大丈夫なこともあります。きっとイエスさまを受け入れて心の平安が与えられて、緊張から解放されたからなのでしょう。

トイレが近い人がかならず良くなるというのではなくて、心に不安のある人がイエスさまを受け入れることによって平安になるのでしょう。

わが内に与えられた主イエス・キリストのみわざに感謝しています。
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