信仰の証
主の恵みを交わし。

「三年寝太郎」の目覚め(木村 政男)

投稿者
tbic
投稿日
2021-03-08 13:28
閲覧数
42
家族の紹介をかねまして簡単ながら経歴を申し述べます。

主人は一応、私でございます。一九五〇年(とてもおぼえやすい)二月一日生まれ。

東京は神田の生まれ、三代は続いていませんが二代続きの江戸っ子でございます。(もっとも生家の父の店は五年前につぶれて今はありませんし、おやじ本人も三年前に天に召されました。でも死ぬ三年前に洗礼を頂いたのでした。)

商店の子せがれとしては青春時代は順風満帆、中学から立教に入れてもらってトコロテン式に大学、そのまた上まで出してもらったんですから前途洋々といったところでした。

が……サラリーマンになったとたんにこりゃ大変、あたりまえです。商店の子せがれですからサラリーマンのやり方なんて分かる訳がない。その上、大の正義漢、熱血漢ときてるからうまくいく訳がない。案の定会社でも、今でいういじめみたいなものにあって三年でやめてしまいました。その時はもう家内といっしょで長男もいたんですが、おやじがかせいでいるのをいいことに、とっとと会社をやめてしまいました。

その後、転職すること両手の指の数近く、その間、うつ病でねたきりになること丸三年(本人は三年と覚えていますが家族にいわせればそんな短くはないと主張します。)四〇なかばで少し落ち着いたと思ったらバブルがはじけておやじの会社が倒産、埼玉の家を処分する羽目になり……どう考えてもロクな人生じゃありません。

三〇半ばで、うつ病になってしまいました。仙台の先の女川(おながわ)原子力発電所の建設工事現場に単身出張。仕事が計画通り進まず東京の本社からの応援もなく、孤立無援、初めは何とかしてくれるだろうと安心していましたが次第にあせりが出てついに床から起き上がれなくなってしまいました。

予定通りに進まなければ元受け会社はもちろん電力会社、はては、官庁の立ち合いにまで影響が出てくるとなっては、もう一人ではどうすることもできませんでした。

たった一人でほっておかれることがいかにつらいものか、人間は世間の圧力にいかにもろいものであるか、なにもできず、ただ寝ていました。初めは風邪で体調を崩した程度でしたのでその春には家族をよんで仙台、松島観光の予定まで立てておきながら肝心の本人は家族旅行にも一緒に行けず、直ぐ近くにいながら下宿の旅館でただ寝ていたような寂しい記憶が残っています。

もっとも家族はそんな本人のことなどつゆ知らず、松島のカモメと楽しく戯れてとっとと東京に帰ってしまいました。

『うつ』はひどくなる一方でとうとう東京の本社に帰されてしまいました。その後もただ寝たきりのままで、情けないことに退職の手続きすら家内と父にやってもらうような始末でした。数か月間神経科に入院していましたが家内が見舞いに来てくれるのがただ一つの楽しみ、後はただ薬を飲んでクタクタと寝てばかりでした。

病院の見舞いがえりに、家内は赤羽線の踏み切りで子供と一緒に身を投げてしまおうかと何度も思ったそうです。

そんなこと何にも知らないでただ自分の勝手な病気のことばかり主張していた。なんと勝手な自分であったか。でもその時には気づかなかった。気づけなかった。悲しかった。家族みんなつらかった。

主が家内に近づいてくれました。わたしが働きもせず家でゴロゴロしていた病気のころでした。埼玉のバプテスト教会で家内は受洗しました。もうすぐ受洗二〇年になります。家内の方がクリスチャンとして大先輩なんです。丁度そのころ、下の娘がまだ小さくて良くテレビで漫画日本昔話という番組を見ていました。なかに『三年寝太郎』というのがあって、まるで私の病気のようで、ただなにもせず三年も寝てばかりいる人の話なので、家族全員とても印象に残ったと見えて、病いえてすでに一〇数年、いまだになにかあると『三年寝太郎』といわれます。口の悪い家族です。

はじめはいやでしかたがなかった教会へも、やっと少し通えるようになりました。牧師の人格の素晴らしさや、仲間たちの信仰の確かさに直接触れて自分の心が少しずつでしたが柔らかくなってゆくのが分かりました。イエスさまが私に悔い改めを与えてくれたんです。

私もついに洗礼を受ける時が来ました。三九歳。受洗は、かつての純福音教会(東京新宿)でした。過激な教会で、バンバン異言で祈るので、最初はただ驚きの連続でした。洗礼の感想を聴かれて「人間はそうすぐには変わるものではありません」なんてごたいそうなことを言うものだからその後、主におおいに打たれました。教会の入り口で肩から黄色のタスキをかけて週報を手渡している仲間を見て、こんな恥ずかしいことがよくできるな、なんて内心、人を裁いていたら三年経ったら自分がニコニコ顔でタスキがけで週報を配っていました。主の計画のものすごさは、私らには到底分かりません。

私の受洗後、数年で長女が兄より先に受洗しました。家内はその教会で一〇年以上にわたりよくご奉仕してきました。聖歌隊の隊長、女性宣教会の会長など主人の口から言うのも変ですが、本当によく奉仕しました。この主人も家内のおこぼれにあずかっていろいろとご奉仕の役をいただきましたが、とても家内の足下にも及ぶほどの働きはできませんでした。

家が引っ越してから新宿の教会にはとても通えないと思い、大川従道牧師のところで養ってもらうようにお願いしたのが、四年前の十一月。引っ越しの三日後には、大和カルバリーチャペルの主日礼拝に出ました。教会まで車で一〇分、なんて近いんでしょう。

こちらの教会では私が一生懸命にご奉仕させてもらっています。こうした計画も主によるものと信じています。『三年寝太郎』の話は実は最後にクライマックスがありまして、住んでいた村が大水で全滅しそうになった時にとてつもない力で山を動かして村を救ったというものです。私も、あいかわらず『三年寝太郎』かもしれませんが、信仰できっといつか山を動かすことを主がさせてくださると信じています。二〇年前には、家族の誰も主を知りませんでしたが今は家族全員、主の腕の中に抱かれています。長男が祝福のうちに、二年前の十二月に洗礼をいただきました。

家族全員クリスチャン、しかも受洗した教会が違うなんて、よく考えると実に不思議なことですね。教会がかわっても先生が違ってもバプテスマはただ一つ、主はただ一人。

ダラダラと書いてしまいました。こんな私とこんな家族です。便所の一〇〇ワット(無駄な明るさ)ばかりの面々ですが今後とも宜しくお願い申し上げます。

家族全員、口数だけは誰にも負けません。こんなこと自慢になりません。

ともかく家にいても「上品で静か」ということが有りえないのがこの家族の最大の欠点であり、最大の主の祝福です。

あかるく元気でのびのびと。
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