メッセージ
あなたのみことばは, 私の 足のともしび, 私の 道の 光です.
詩篇 119:105
へブル人への手紙2:1 (クリスチャンとして完走できる秘訣)
投稿者
tbic
投稿日
2021-09-19 16:50
閲覧数
586
へブル2:1、「ですから、私たちは聞いたことを、ますますしっかり心に留めて、 押し流されないようにしなければなりません。」
へブル書の時代も、現代日本と同様にクリスチャンは少人数でした。 しかもローマ帝国による迫害や不利益もあって、せっかく信仰に導かれ教会に加えられながらも、 様々な試練の中で主への信頼を失い、以前の生活に戻ろうとする者が出たのです。 そこで、今日の本文(へブル書の記者)は、キリスト以外のものに流されないように命じています。
だから、聞いた福音の御言葉を、しっかりと心に留めるよう、命じています。「心に留める」と言う言葉は、心に密着する、理解が深められ心に刻み込まれることを意味します。 御言葉を聞く前に、その御言葉が根付くように、まず主に助けを求めて祈らなければなりません。 それは、語られる福音の御言葉が、心に留まるように、心に根付くようにして下さる聖霊の働きがあるからです。
使徒16:14、「テアテラ市の紫布の商人で、神を敬う、ルデヤという女が聞いていたが、主は彼女の心を開いて、パウロの語る事に心を留めるようにされた。」こういう風に、御言葉が根付き、押し流されない信仰生活のためには、聖霊の助けを求めることが重要です。
聖霊はイエスの霊ですから、イエスのことを良く見て、良く考え、良く確認すること、とても大切です。 へブル3:1、「そういうわけですから・・信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。」 ここに出て来る「考える」と言う言葉は、単に頭や心の中で考える、という意味ではありません。 十分に観察をする、という御言葉です。
ルカ12:24、「烏のことを考えてみなさい。 蒔きもせず、刈り入れもせず、納屋も倉もありません。けれども、神が彼らを養っていてくださいます。あなたがたは、鳥よりも、はるかにすぐれたものです。」 第一コリント15:2、「また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、 私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。」
愛する皆さん、皆さんは聖霊により語られる御言葉にどれほど集中し、どれほど主イエスを観察しているんでしょうか。へブル12:3、「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」押し流されない信仰生活のため、主イエスの観察が欠かせないのです。
しかし愛する皆さん、決心と現実は大きな差があることを、ご存知ですね。ダイエットの決心は、みんな一回以上はしたと思います。しかし、現実は難しいです。「炭水化物を食べなければ太らない」とか、「肉を食べれば太らない」とか、色々言われますが、いいえ、食べれば太ります。
皆さん、最後まで従順に従いながら生きたいんでしょうか?たくさんの実を結び、クリスチャンとして完走したいんでしょうか?最後まで行くためには、3Rをちゃんと覚えてください。
1 、Remove(捨てるべきものは捨てなさい)
私たちは飛ぶことができる存在です。足首を取られないように気をつけてください。縛られているところを、大胆に切り捨てなければなりません。へブル12:1、「こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか。」
時々、良いものも毒になる場合があります。友達(友人)は本当に尊い存在です。しかし、悪い影響を与えれば、捨てなければなりません。時々、薬が毒になるときもあります。また、インターネットは本当に便利ですし、役に立ちます。しかし、毒になるときがあります。その時は、断ち切らなければなりません。ラーメンは美味しいです。チキンとピザはもっと美味しいです。しかし、明日を妨害する夜中の食べ物であれば、断ち切らなければなりません。
過去の事に縛られている人がいます。そうすれば、潜在力を発揮できません。失敗や過ち、傷によって現実が大変であれば、その過去の苦い根を捨てなければなりません。ピリピ3:14、「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」十字架の前で罪が赦され、過去の罪を断ち切って献身するとき、私たちは霊的に飛ぶ人生を生きるようになります。
2 、Remember(ちゃんと、覚えなさい)
苦難の向こうには、栄光が待っています。十字架の向こう側に復活があるんですね。私たちにとって、最高のプレゼントは救われたたましいです。「あなたの助け(伝道)によって、私は救われました。」この一言がすべての疲れや大変さを乗り越えられる原動力となります。今通る道が険しい道ですが、「私が歩むこの道の果てで、私は主を見るであろう」。それが新しい力を与えます。
愛する皆さん、私たちが気落ちする理由は、あまりにも近くにいるものしか見えないからです。問題だけを見ます。環境だけ、苦難だけを見ます。もっと遠く見なければなりません。この道の果てに立っておられるイエス様を見れば、現在の苦難に打ち勝てます。気落ちと挫折に必ず打ち勝てます。
初代教会のクリスチャンはたくさん殉教しました。「私はクリスチャンではありません」と、この一言を言っていれば、生きられました。しかし、彼らはそれができませんでした。なぜでしょうか?目の前に主が見えたからです。だから、「私はクリスチャンです」と言って、殉教しました。信仰は視線です。だから、すべての視線(目線)を主に固定してください。そうすれば、必ず勝利します。
3 、Resist(拒否しなさい)
悪魔はいつも否定的な考えを与える者です。だから、気落ちさせます。しかし、私たちはそれを、拒否すればいいです。否定的な考えを受け入れず、気落ちを拒否します。挫折に抵抗するんですね。「サタンよ!出て行け」と、イエスの御名で悪魔に叫んでください。そうすれば、必ず逃げ去ります。
ヘンリー・カンスタンタインという人は当時、たくさんの土地を所有した大金持ちでした。自分が持っている不毛の山を10、000ドルで売ったのです。高く売ったと思って喜びました。しかし、何年も経たないうちにその地で金脈が発見されました。5億ドルの価値の土地となったのです。悔しくて悔しくて、苦しみながら一年後に自殺してしまいました。気落ち(落胆)を受け入れたからです。
同じ時期にトマス・エジソンがいました。自分の工場が火事で全部燃えて、200万ドルの価値が吹き飛んでしまいました。その当時、彼の年は67歳だったのです。再起不能だと周りから言われましたが、それは事実でした。しかし、エジソンは笑いながら言いました。「建物が古くて、あちこち、施設が老朽化していました。神様がきれいに掃除して下さったのです。多分、新しいものを与えて下さるでしょう。」と、彼は逆境を簡単に乗り越えました。なぜでしょうか?気落ちを拒否し、信仰を受け入れたからです。ヘンリー・カンスタンタインとトマス・エジソン、二人とも苦難がやって来ました。しかし、その二人の差は何でしょうか?選択の差です。気落ちを選ぶか、希望を選ぶかですね。
愛する皆さん、今年もわずかです。2,3カ月残っていますが、苦難はまた、やって来るし、来年にもやって来ると思います。苦しみ、苦難はいつもやって来ます。でも乗り越えればいいんです。気落ちは拒否すればいいです。そうすれば、後で苦難を「苦しみ」だと言わなくなります。ただ、「チャレンジ」だと言うんですね。
DL・ムーディは言いました。「私は神様が挫折した人を用いることを見たことがありません。」と、皆さん、挫折の反対は信仰です。信仰の人を神様は用いられます。だから、挫折を拒否し、信仰の人になってください。そうすれば、必ず用いられます。それは勝利を意味します。皆さん、寂しい季節になりました。その寂しさを乗り越えて、主イエス・キリストで満たされるみずみずしい元気いっぱいの人になってください。
しかし最近、コロナ禍の中で疲れていて無力感を感じる人々が多いです。皆さん、車は便利ですが、押しながら車に乗ることはできません。そうしたら、なぜ車を押すんでしょうか?オイルがないからです。私たちは聖霊をオイル(油)に例えるんですが、オイルのない車は鉄の塊にすぎません。何の意味もありません。私たちは、最初は聖霊に頼ります。そして何か少し成し遂げると「自分の力で」やってしまいます。それは押したり、引っ張ったりする車となったということです。
ガラテヤ3:3、「あなたがたはどこまで道理がわからないのですか。御霊で始まったあなたがたが、いま肉によって完成されるというのですか。」
最初が聖霊であれば、最後まで聖霊に頼らなければなりません。聖霊は最初の始動をかけるときの「ジャンプ・ケーブル」ではありません。聖霊は車を動かす「オイル」なんです。だから、力を得る道が何ですか?聖霊が答えです。ヨハネ7:37-38「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」ここで「川」という単語を「洪水」に変えることができます。マタイ7:27に「雨が降って洪水が押し寄せ、」ここでは同じ単語を「川」ではなく、「洪水」で翻訳しました。
皆さん、洪水の力を、ご存知でしょうか?ハリケーンが発生したとき、アメリカのヒューストンでは洪水になりました。町全体が浸水し、急流が都心を流れます。すべてを破壊し、ふさがったところに穴をあけます。これが洪水の力です。
初代教会のアッパールームに120名が集まりました。共同生活は潜在的な葛藤を与えます。不便です。指摘したいし、不平不満が生じます。実際に集まった人々は、みんな弱さを持っている人々でした。イエスを否認したペテロに向かって、「裏切り者、卑怯な者」と批判することができます。男性は女性に、女性は男性に、お互いに文句を言いながら、喧嘩することもできるんですね。アッパールームの共同体は不安と悲しみ、不信と高慢に満ちた爆弾をいっぱいに詰め込んだ箱のような所です。
しかし、祈るとき、聖霊が臨みました。聖霊の洪水が悪いすべてのものを、きれいに掃除してくれたんです。葛藤の箱が一つになる所になりました。弱虫たちが伝道者となって、大胆にみことばを伝える者へと変わったのです。年と地位、経歴と学歴に関係なく、みんな力強い者になりました。一つになる力、強さと大胆さ、すべてがこの聖霊からやって来たんです。
だから愛する皆さん、求めてください。求めれば、必ず与えられます。ルカ11:13、「してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」皆さん、聖霊を求め続けてください。そうすれば、必ず力を得るはずです。聖霊の助けによって疲れから、疑いや分裂から、無力感から、必ず抜け出ることができると確信します。
10代の時、視力を失った若者がいました。視力だけでなく、希望も失いました。だから、この世と自分の間に壁を作って、怒りと絶望に満ちた引きこもりの生活を送っていたのです。しかし、お父さんの知恵によって立ち上がりました。ある日お父さんが部屋の窓にカーテンをかけるよう、盲目の彼に指示して、はしごと道具を渡し、出勤してしまったのです。彼は目の見えない自分さえ利用しているお父さんに腹が立って死にたい気持ちでいっぱいになりましたが、その任された仕事をする中、希望が与えられました。「あ、自分もまだできるんだ!」と、仕事をしながら、悟ったのです。力を得たんですね。実は彼の仕事中の、最初から最後まで、ずっとお父さんは隣で見ていたのです。
愛する皆さん、神である聖霊を求めてください。そして、祈りによって与えられる力で働き続けてください。そうすれば、働く中で力が与えられるはずです。また、働く中で悟り、働く中で主の声を聞くはずです。だから、私たちは聖霊なしには生きられません。聖霊を求め続けてください。それは、祈り続けることです。今週もこの聖霊の助けによって無気力から抜け出て、力強く生きたいと思います。
へブル書の時代も、現代日本と同様にクリスチャンは少人数でした。 しかもローマ帝国による迫害や不利益もあって、せっかく信仰に導かれ教会に加えられながらも、 様々な試練の中で主への信頼を失い、以前の生活に戻ろうとする者が出たのです。 そこで、今日の本文(へブル書の記者)は、キリスト以外のものに流されないように命じています。
だから、聞いた福音の御言葉を、しっかりと心に留めるよう、命じています。「心に留める」と言う言葉は、心に密着する、理解が深められ心に刻み込まれることを意味します。 御言葉を聞く前に、その御言葉が根付くように、まず主に助けを求めて祈らなければなりません。 それは、語られる福音の御言葉が、心に留まるように、心に根付くようにして下さる聖霊の働きがあるからです。
使徒16:14、「テアテラ市の紫布の商人で、神を敬う、ルデヤという女が聞いていたが、主は彼女の心を開いて、パウロの語る事に心を留めるようにされた。」こういう風に、御言葉が根付き、押し流されない信仰生活のためには、聖霊の助けを求めることが重要です。
聖霊はイエスの霊ですから、イエスのことを良く見て、良く考え、良く確認すること、とても大切です。 へブル3:1、「そういうわけですから・・信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。」 ここに出て来る「考える」と言う言葉は、単に頭や心の中で考える、という意味ではありません。 十分に観察をする、という御言葉です。
ルカ12:24、「烏のことを考えてみなさい。 蒔きもせず、刈り入れもせず、納屋も倉もありません。けれども、神が彼らを養っていてくださいます。あなたがたは、鳥よりも、はるかにすぐれたものです。」 第一コリント15:2、「また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、 私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。」
愛する皆さん、皆さんは聖霊により語られる御言葉にどれほど集中し、どれほど主イエスを観察しているんでしょうか。へブル12:3、「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」押し流されない信仰生活のため、主イエスの観察が欠かせないのです。
しかし愛する皆さん、決心と現実は大きな差があることを、ご存知ですね。ダイエットの決心は、みんな一回以上はしたと思います。しかし、現実は難しいです。「炭水化物を食べなければ太らない」とか、「肉を食べれば太らない」とか、色々言われますが、いいえ、食べれば太ります。
皆さん、最後まで従順に従いながら生きたいんでしょうか?たくさんの実を結び、クリスチャンとして完走したいんでしょうか?最後まで行くためには、3Rをちゃんと覚えてください。
1 、Remove(捨てるべきものは捨てなさい)
私たちは飛ぶことができる存在です。足首を取られないように気をつけてください。縛られているところを、大胆に切り捨てなければなりません。へブル12:1、「こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか。」
時々、良いものも毒になる場合があります。友達(友人)は本当に尊い存在です。しかし、悪い影響を与えれば、捨てなければなりません。時々、薬が毒になるときもあります。また、インターネットは本当に便利ですし、役に立ちます。しかし、毒になるときがあります。その時は、断ち切らなければなりません。ラーメンは美味しいです。チキンとピザはもっと美味しいです。しかし、明日を妨害する夜中の食べ物であれば、断ち切らなければなりません。
過去の事に縛られている人がいます。そうすれば、潜在力を発揮できません。失敗や過ち、傷によって現実が大変であれば、その過去の苦い根を捨てなければなりません。ピリピ3:14、「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」十字架の前で罪が赦され、過去の罪を断ち切って献身するとき、私たちは霊的に飛ぶ人生を生きるようになります。
2 、Remember(ちゃんと、覚えなさい)
苦難の向こうには、栄光が待っています。十字架の向こう側に復活があるんですね。私たちにとって、最高のプレゼントは救われたたましいです。「あなたの助け(伝道)によって、私は救われました。」この一言がすべての疲れや大変さを乗り越えられる原動力となります。今通る道が険しい道ですが、「私が歩むこの道の果てで、私は主を見るであろう」。それが新しい力を与えます。
愛する皆さん、私たちが気落ちする理由は、あまりにも近くにいるものしか見えないからです。問題だけを見ます。環境だけ、苦難だけを見ます。もっと遠く見なければなりません。この道の果てに立っておられるイエス様を見れば、現在の苦難に打ち勝てます。気落ちと挫折に必ず打ち勝てます。
初代教会のクリスチャンはたくさん殉教しました。「私はクリスチャンではありません」と、この一言を言っていれば、生きられました。しかし、彼らはそれができませんでした。なぜでしょうか?目の前に主が見えたからです。だから、「私はクリスチャンです」と言って、殉教しました。信仰は視線です。だから、すべての視線(目線)を主に固定してください。そうすれば、必ず勝利します。
3 、Resist(拒否しなさい)
悪魔はいつも否定的な考えを与える者です。だから、気落ちさせます。しかし、私たちはそれを、拒否すればいいです。否定的な考えを受け入れず、気落ちを拒否します。挫折に抵抗するんですね。「サタンよ!出て行け」と、イエスの御名で悪魔に叫んでください。そうすれば、必ず逃げ去ります。
ヘンリー・カンスタンタインという人は当時、たくさんの土地を所有した大金持ちでした。自分が持っている不毛の山を10、000ドルで売ったのです。高く売ったと思って喜びました。しかし、何年も経たないうちにその地で金脈が発見されました。5億ドルの価値の土地となったのです。悔しくて悔しくて、苦しみながら一年後に自殺してしまいました。気落ち(落胆)を受け入れたからです。
同じ時期にトマス・エジソンがいました。自分の工場が火事で全部燃えて、200万ドルの価値が吹き飛んでしまいました。その当時、彼の年は67歳だったのです。再起不能だと周りから言われましたが、それは事実でした。しかし、エジソンは笑いながら言いました。「建物が古くて、あちこち、施設が老朽化していました。神様がきれいに掃除して下さったのです。多分、新しいものを与えて下さるでしょう。」と、彼は逆境を簡単に乗り越えました。なぜでしょうか?気落ちを拒否し、信仰を受け入れたからです。ヘンリー・カンスタンタインとトマス・エジソン、二人とも苦難がやって来ました。しかし、その二人の差は何でしょうか?選択の差です。気落ちを選ぶか、希望を選ぶかですね。
愛する皆さん、今年もわずかです。2,3カ月残っていますが、苦難はまた、やって来るし、来年にもやって来ると思います。苦しみ、苦難はいつもやって来ます。でも乗り越えればいいんです。気落ちは拒否すればいいです。そうすれば、後で苦難を「苦しみ」だと言わなくなります。ただ、「チャレンジ」だと言うんですね。
DL・ムーディは言いました。「私は神様が挫折した人を用いることを見たことがありません。」と、皆さん、挫折の反対は信仰です。信仰の人を神様は用いられます。だから、挫折を拒否し、信仰の人になってください。そうすれば、必ず用いられます。それは勝利を意味します。皆さん、寂しい季節になりました。その寂しさを乗り越えて、主イエス・キリストで満たされるみずみずしい元気いっぱいの人になってください。
しかし最近、コロナ禍の中で疲れていて無力感を感じる人々が多いです。皆さん、車は便利ですが、押しながら車に乗ることはできません。そうしたら、なぜ車を押すんでしょうか?オイルがないからです。私たちは聖霊をオイル(油)に例えるんですが、オイルのない車は鉄の塊にすぎません。何の意味もありません。私たちは、最初は聖霊に頼ります。そして何か少し成し遂げると「自分の力で」やってしまいます。それは押したり、引っ張ったりする車となったということです。
ガラテヤ3:3、「あなたがたはどこまで道理がわからないのですか。御霊で始まったあなたがたが、いま肉によって完成されるというのですか。」
最初が聖霊であれば、最後まで聖霊に頼らなければなりません。聖霊は最初の始動をかけるときの「ジャンプ・ケーブル」ではありません。聖霊は車を動かす「オイル」なんです。だから、力を得る道が何ですか?聖霊が答えです。ヨハネ7:37-38「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」ここで「川」という単語を「洪水」に変えることができます。マタイ7:27に「雨が降って洪水が押し寄せ、」ここでは同じ単語を「川」ではなく、「洪水」で翻訳しました。
皆さん、洪水の力を、ご存知でしょうか?ハリケーンが発生したとき、アメリカのヒューストンでは洪水になりました。町全体が浸水し、急流が都心を流れます。すべてを破壊し、ふさがったところに穴をあけます。これが洪水の力です。
初代教会のアッパールームに120名が集まりました。共同生活は潜在的な葛藤を与えます。不便です。指摘したいし、不平不満が生じます。実際に集まった人々は、みんな弱さを持っている人々でした。イエスを否認したペテロに向かって、「裏切り者、卑怯な者」と批判することができます。男性は女性に、女性は男性に、お互いに文句を言いながら、喧嘩することもできるんですね。アッパールームの共同体は不安と悲しみ、不信と高慢に満ちた爆弾をいっぱいに詰め込んだ箱のような所です。
しかし、祈るとき、聖霊が臨みました。聖霊の洪水が悪いすべてのものを、きれいに掃除してくれたんです。葛藤の箱が一つになる所になりました。弱虫たちが伝道者となって、大胆にみことばを伝える者へと変わったのです。年と地位、経歴と学歴に関係なく、みんな力強い者になりました。一つになる力、強さと大胆さ、すべてがこの聖霊からやって来たんです。
だから愛する皆さん、求めてください。求めれば、必ず与えられます。ルカ11:13、「してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」皆さん、聖霊を求め続けてください。そうすれば、必ず力を得るはずです。聖霊の助けによって疲れから、疑いや分裂から、無力感から、必ず抜け出ることができると確信します。
10代の時、視力を失った若者がいました。視力だけでなく、希望も失いました。だから、この世と自分の間に壁を作って、怒りと絶望に満ちた引きこもりの生活を送っていたのです。しかし、お父さんの知恵によって立ち上がりました。ある日お父さんが部屋の窓にカーテンをかけるよう、盲目の彼に指示して、はしごと道具を渡し、出勤してしまったのです。彼は目の見えない自分さえ利用しているお父さんに腹が立って死にたい気持ちでいっぱいになりましたが、その任された仕事をする中、希望が与えられました。「あ、自分もまだできるんだ!」と、仕事をしながら、悟ったのです。力を得たんですね。実は彼の仕事中の、最初から最後まで、ずっとお父さんは隣で見ていたのです。
愛する皆さん、神である聖霊を求めてください。そして、祈りによって与えられる力で働き続けてください。そうすれば、働く中で力が与えられるはずです。また、働く中で悟り、働く中で主の声を聞くはずです。だから、私たちは聖霊なしには生きられません。聖霊を求め続けてください。それは、祈り続けることです。今週もこの聖霊の助けによって無気力から抜け出て、力強く生きたいと思います。
合計 182
手順 | タイトル | 投稿者 | 投稿日 | 推薦 | 閲覧数 |
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New サムエル記第二15:1-37、(アブサロムとダビデ)
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マタイの福音書6:20-24(自分のために、天に宝をたくわえなさい)
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ルカの福音書10:25-28(あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ)
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