メッセージ
あなたのみことばは, 私の 足のともしび, 私の 道の 光です.
詩篇 119:105

ヘブル人への手紙9:27-28 (世界の希望、イエス・キリスト)

投稿者
tbic
投稿日
2022-05-08 18:53
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236
ヘブル人への手紙9章27-28『そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、キリストも、多くの人の罪を負うために一度、ご自身をささげられましたが、二度目は、罪を負うためではなく、彼を待ち望んでいる人々の救いのために来られるのです。』

私たち人間にとって、ある意味、一番嫌なことは、「死ぬ」ことです。人間は一度死ぬ、信じなくても信じても、いつかは必ず、死にます。私もいつかは分かりませんが、死にます。みなさんも、死ぬのです。しかし、死んだのちに、「裁きがある」と聖書は告げています。それぞれの行いや言葉に対し、神の前で審判を受けなければならないと書いてあるわけです。いったい、なぜ死ぬかといいますと、最初の人、アダムとエバが罪を犯したからです。聖書を見ると「一人の人によって、罪がこの世に入って、一人の人の罪によって、すべての人は死ぬ者になった。(ローマ5:12)」とあります。

だから、今の世界のいろいろな苦しみ、悲しみは、結局、アダムとエバが罪を犯したためです。支配権が、神の手からサタンの手に渡ってしまったために、人間は苦しんでいるわけです。しかし、感謝なことに、救い主なるイエス様が、神の御子として来られ、私たちの身代わりとなり、死んでくださいました。死の力を打ち破り、よみがえってくださったんですね。これは大きなことです。すばらしいことです。

考えてみると、イエス様は、2022年前にお生まれになり、33歳くらいまでこの世におられました。伝道なさった期間は、3年6ヶ月くらいだと言われます。たった3年6ヶ月しか伝道されず、死んでよみがえられました。それでも今や、全世界でイエス様を信じるわけです。それは不思議なことです。

徳川時代は300年も鎖国時代があり、キリシタン弾圧があって、太平洋戦争時代もキリスト教は弾圧されました。しかし今日、日本のあちこちに、キリスト教会があり、イエス様のことも知られています。不思議なことではないでしょうか。

みなさん、やがてイエス様が再臨なされる時には、全世界の人たちが、「イエスは主である」と告白し、礼拝する時がやって来ます。イエス様がこの地上に来られたことは大きなことです。私たちにとってすばらしいことは何かというと、イエス様を信じて、神に対する罪が赦された事です。これが非常に大きなことです。

マルコの福音書2章5節を見ると、中風の人がイエス様の所に運ばれて来た時、イエス様がおっしゃった言葉があります。『イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。あなたの罪は赦されました」と言われた。

「子よ。あなたの罪は赦されました。」罪が赦されたことは、神の前に出ることができるということです。過去にどんな罪があったとしても、イエス様が身代わりになって死んでくださったことにより、罪が赦され、赦されただけでなく、ヨハネの福音書1章12節には、こう書いてあります。『しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。

イエス様を信じ受け入れたことは、神の子となる特権を与えてくださったのです。神様の子です。聖書を見ると、アダムとエバが罪を犯したのですが、聖書には「善悪を知る木の実を取って食べてはいけない」と書いてあります。神が心配していたことは、彼らが罪を犯した時、いのちの木の実も食べるかもしれない、ということでした。不完全な善悪の知識をもって永遠に生きることは祝福ではなく、呪いです。それで神は彼らをエデンの園から追放したわけです。

しかし今私たちは、イエス様を信じることによって、罪が赦され、今度は神の子となって、しかも、いのちの木の実も許され、永遠のいのちを持つことができる、これはすばらしいことです。アダムとエバが罪を犯した結果、むしろ私たちは神の子になることができ、永遠のいのちを持つことが出来たわけです。 聖書を見ると、ヨハネ1章13節、『この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。

今日、イエス様を信じて、救われたということは、普通考えると、家庭に問題があって、解決されたとか、病気が癒されたとか、精神的に病んでいたけど癒されたとか、これもすばらしい救いです。しかし、「イエス様を信じて救われ、神の子になった」、「永遠のいのちをもらった」ということは、永遠に関することです。

永遠のいのちとは、この地上では、いつ死ぬかも分からないけれども、死んだら天国に行く、やがてイエス様が帰って来られる時には、復活するのです。しかも、イエス様ご自身が王となられた時には、イエス様と共に王として生きることができます。永遠に生きると考えたら、救いって本当に大きいです。軽んじてはいけません。永遠のことは、今は分かりませんが、必ず来ます。

神様の約束ってすばらしいです。アダムとエバが罪を犯した時、神が「女の末から救い主を与える。」とおっしゃいました。そしてアブラハムを選び、「あなたの末から地の諸族は祝福され、救い主が生まれる。」と語られました。神様は、永遠の方です。それでアブラハムに言いました。「この地をあなたにあげる。カナンの地をあげますよ。」いつ、あげるのかといったら、あなたの子孫たちが、他国に行き、400年間奴隷となり、それから帰って来てから、この地をあげる、と約束されました。

考えてみると、私たちは、約束されたら「明日、約束が成就しなきゃいけない。」と思いますが、神様から見たら、アブラハムの末、アブラハム、イサク、ヤコブ、そしてヨセフがエジプトに売られ、430年の間、奴隷となり、それから解放され、カナンの地が与えられました。みなさん、400年以上です。

聖書を見ると「神様の前では千年は一日のようであり、一日は千年のようだ。(第二ペテロ3:8)」とあります。神様は、大きい方です。永遠の方、しかも、その永遠の方によって救われて、永遠のいのちを持つことができるとは、すばらしいことです。本当に感謝しましょう。

みなさん、イエス様は必ず帰って来られます。第一テサロニケ4章16-17、『主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

みなさん、私たちクリスチャンにとって何が望みですか?それはイエス様によって罪が赦され、神様の子になった、だから、やがてイエス様が再臨なさる時に、復活することができる、これが望みです。すごい大きなことです。だからこそ、世界の希望はイエス様が再臨される日です。

その時、何が起こるのか、ここには、『主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。』これは、空中再臨と言われます。信じても、信じなくても、神の言葉は絶対に間違いありません。だから、イエス様が帰って来られ、私たちは復活するのです。希望があります。

フランスのルーブル美術館には、非常に希望のある絵があります。それは、「回春の池」という絵です。その回春の池とは、どういう池かというと、野原みたいな所にあって、一方には今にも死にかかった、白髪で腰も曲がった、おじいちゃんやおばあちゃんがいます。よちよち歩いて、運ばれて来て、回春の池に「どぶん」と投げ込まれた瞬間、ぱっと青年になり、おばあちゃんは娘になるという絵です。池の一方では、綺麗な肉体美をした女性たちの絵です。これは何を意味しているのかというと、万物をご自身に従わせる方の力によって、私たちの卑しい体を、イエス様と同じ姿に変えてくださると言うことです。

みなさん、だんだん歳を取って、「歯が抜けた。」「目が見えなくなった。」「耳が遠くなった。」「腰が曲がった。」「食べる物も食べられなくなった。」「人生むなしい」と思ったら終わりです。しかしイエス様を信じたら、たとえ歯が抜けようと、耳が聞こえなかろうと、死が近づいても、イエス様が来られた瞬間にパッと変えられるのです。そしてイエス様と同じ姿に変えられるということは、イエス様は33歳で天に帰られたから、私たちも、33歳くらいになるんじゃないかなと、勝手に思っています。もしもその姿で、永遠に生きることができたら、すばらしいです。

しかしみなさん、この時には、イエス様を信じた人だけが復活するのです。信じない人は残されます。終末にはいろいろな説がありますが、私たちは一挙に天に引き上げられ、子羊(イエスキリスト)との婚礼があると書いてあります。イエス様と私たち(教会)とのすばらしい結婚式があり、それからイエス様と私たちが世界に君臨する、この世を支配すると書いてあります。

ゼカリヤ書14:4-9に、こういう預言があります。『その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。オリーブ山は、その真ん中で二つに裂け、東西に延びる非常に大きな谷ができる。山の半分は北へ移り、他の半分は南へ移る。山々の谷がアツァルにまで達するので、あなたがたは、わたしの山々の谷に逃げよう。ユダの王ウジヤの時、地震を避けて逃げたように、あなたがたは逃げよう。私の神、主が来られる。すべての聖徒たちも主とともに来る。その日には、光も、寒さも、霜もなくなる。これはただ一つの日であって、これは主に知られている。昼も夜もない。夕暮れ時に、光がある。その日には、エルサレムから湧き水が流れ出て、その半分は東の海に、他の半分は西の海に流れ、夏にも冬にも、それは流れる。主は地のすべての王となられる。その日には、主はただひとり、御名もただ一つとなる。

みなさん、イエス様が十字架につけられ、死んで、よみがえった後、40日の間、みんなの前に現れました。そして最後に、どこの山から天に帰って行きましたか?オリーブ山です。オリーブ山から、雲に包まれた時、天の御使いが来て、「なぜ、あなたがたは、イエス様が天に帰って行かれるのを見ているのですか?今、あなたがたが見たように、イエス様はもう一度帰って来る。(使徒1:11)」と告げました。イエス様が、今度は世界を治めるために、王の王として帰って来られます。その日、オリーブ山に立つと書いてあります。

その日、すべての聖徒と共に来られます。私たちも復活したら、イエス様と共に帰って来るのです。信じられますか?信じても信じなくても、イエス様は再臨されます。信じても信じなくても、イエス様は王の王として、この地に帰って来られるのです。その時、私たちは復活の体です。死ぬこともない体になって、イエス様と共に生きるということは、なんとすばらしいことでしょうか。

イエス様が帰って来られたら、次にどんなことが起こるのでしょうか。イザヤ書2:4、『主は国々の間をさばき、多くの国々の民に、判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。

やがて戦争のない世界が来ます。みなさん、戦争好きですか?この世界は、あちらこちらで、戦争やテロがあります。しかし、イエス様が来られたら、戦争はなくなります。

国連本部の土台には、今の御言葉、『彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。』という、この御言葉が記されています。今は夢みたいです。「剣を鋤に、槍をかまに、二度と戦争のことを学ばない。」世界に、戦争のない日が来ます。それは、イエス様が王の王として来られた時に実現します。

イエス様は初臨の時、赤ちゃんとして死ぬために来られ、死んでくださいました。そのことによって、私たちには希望が与えられています。永遠のいのちが与えられ、神の子になりました。そして再臨の時には、イエス様と一緒に空中で主に会うのです。やがてイエス様が来られた時には、世界は、イエス様の統治になるのです。王の王として、イエス様がエルサレムから、世界を治めるのです。その時には、戦争がなくなります。

今、いろんな心配事がありますね。戦争とテロ、 自然災害、事件、事故、毎日、新聞やテレビに悪いことばかり出ています。政治家でも悪いことをする人もいるし、いろいろな人がいます。しかし、やがてそれらは終わります。王の王なるイエス様が世界を治める時が来たら、戦争はなくなります。戦争のない平和、まことの平和がやってくることを覚えてください。

もう一つ、イザヤ書11:6-9節を読みましょう。こういう時が来るのです。

狼は子羊とともに宿り、ひょうは子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、小さい子どもがこれを追っていく。雌牛と熊とは共に草をはみ、その子らは共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子はまむしの子に手を伸べる。わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである。

みなさん、そのとき、獣たちもあがなわれるのです。時々アフリカで、ライオンなどの猛獣が忍び寄って、シマウマなんかをガバッと噛みついて食べたりと、残酷です。ヒョウが獣を追いかけて、生で食べている姿も、気持ち良くないでしょう。それがなくなるというのです。『狼は子羊とともに宿り、』とあります。一緒に宿るとは、一緒に寝たりするというのです。すばらしいです。いつか、狼と子羊が、仲良く寝る時が来ます。

それから、『ひょうは子やぎとともに伏し、』今だったらどうでしょうか。ヒョウの前に子やぎがいたら、すぐ噛みつくでしょう。それがなくなります。すばらしい時が来ます。それから、『子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、小さい子どもがこれを追っていく。』とあります。『雌牛と熊とは共に草をはみ、その子らは共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。』北海道で困ることは、牧場の牛をヒグマが襲ったりする事です。しかしそれはなくなります。地に主を知る霊がいっぱいになるからです。

今日、話したことは、聖書の言葉ですから、いつの日にか成就します。イエス様が来られる日、それを見ます。私たちは必ず見ます。やがてイエス様が来られた日に、戦争がなくなるのを見ます。そして獣たちもあがなわれるのを見ます。この目で見ることができるのです。

みなさん、信仰を持ちましょう。楽しみですね。将来、すべてが私たちのものになります。今、少しくらい悩みがあって、人からいじめられたとか、貧乏とか、病気だとか、腰が痛いとか、大したことではありません。それはしばらくの間です。今私は53歳、すぐ54歳です。いつ50歳を超えたのか分かりませんが、年をとりました。今は走るのも、ちょっと負担を感じます。でも、大したことではありません。腰が曲がっても、白髪になっても、いつかは立派な青年に、姿は変わります。それを永遠に見ることができるとは、私たちの希望です。

次に、黙示録21:3-4に、こういう約束があります。

そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」

彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。」私も最近、涙もろくなりました。些細なことでも涙が出ます。こんな恵みの人生がどこにあるのか、もしイエス様がいなかったら、どこかで酔っ払いになって、ホームレスの人生を送り、死んでいたかもしれません。しかしイエス様を信じたから、今日まで幸せに過ごせたと考えると、涙が出ます。人生の中に少しは苦しいことがあっても、苦しみは益となります。それを通して救われることもできるし、そのことを通して、イエス様に近づくこともできるのです。

そして、『もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。』やがてイエス様によって死ぬことはありません。私たちは勝利をした!第一コリント15章には、イエス様ご自身の再臨によって、死が敗北することが書いてあります。私たちは永遠に、イエス様によって死ぬことはありません。復活の勝利を持ったすばらしい人生です。

今、悲しんでいる人はいますか?今のうちに、重い存分、悲しんで下さい。なぜなら将来、悲しみはなくなりますから。今のうちに叫んでおきましょう。やがて叫びもなくなります。苦しんでいますか?しかし大丈夫です。苦しみはなくなります。こういう時を主が準備してくださるのです。感謝しましょう。すばらしい時がやってきます。

黙示録21:5-9、『すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」また言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。しかし、おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄との燃える池の中にある。これが第二の死である。」

みなさん、人生を軽んじてはいけません。イエス様を軽んじてはいけないのです。聖書は確かな言葉です。ここに書いてあるように、『おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、』最近では恐ろしい人が多いです。女性でも、何回も結婚をし、オレオレ詐欺で現金を取ったり、遺産をもらって、毒殺したり、殺して切断したとか、恐ろしいことが頻繫に起きています。人殺し、盗む者、姦淫する者、不品行な者は、神の前に立つことはできないと書いてあります。

私が今考えることを、使徒パウロがこう語っています。「自ら宣べ伝えておきながら、捨てられることがないように。」と書いてあります。私も一生涯、53年間、イエス様にかけてきました。しかし、54歳でイエス様から離れてしまったり、罪でも犯して地獄に入ったら、そんな情けないことはないと思います。教会に来て、洗礼を受けても、イエス様が来られた時、再臨の時、残されて、最後には火と硫黄の中に投げ込まれたら、こんな無意味な人生はないと思います。イエス様を知った以上、どんな苦しみがあっても、どんな誘惑があっても、イエス様にしっかりと、くっついていく事はとても大切です。みなさん、イエス様は必ず帰って来られます。

そして、黙示録20:10を読んだら、本当に嬉しいです。黙示録20:10、『そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。

嬉しいじゃないですか。今の私たちの最大の敵は悪魔です。堕落した天使ですね。これが今は時が近づいているので、一番働いています。聖書を見ると、イエス様がゲラサに行った時、イエス様が「出て行け。」と言ったとき、彼らが何を言ったかというと、彼ら(悪霊たち)は、「底知れない所に投げ込まれないようにお願いします。」と頼みました。悪魔にとって一番恐ろしいことは、イエス様の再臨の時、地獄に投げ込まれ、封印される事です。千年王国の時、主のみが、崇められます。結局、悪魔どもは、地獄に投げ込まれます。そこには偽預言者や獣もいます。獣とは、罪を犯した人、悪魔の奴隷たちです。彼らは日も夜も苦しみ続けます。地獄は、永遠に苦しみ続ける所です。そこに行かないように、イエス様はこの地に来てくださって、私たちのために死んで、よみがえってくださいました。イエス様は、私たちを永遠の苦しみから救うために、来てくださったことを、ちゃんと信じて受け入れましょう。

希望がありますね。戦争がなくなります。死がなくなります。滅びもなくなります。叫びもない、苦しみもない、病気もなくなります。すばらしい時がやってきます。今、少しは苦しみがあっても、イエス様に希望をかけて行きましょう。

最後に、ヨハネの黙示録22:20を、ご一緒に、大きな声で読んで終わりたいと思います。新約聖書の最後のところです。『これらのことをあかしする方がこう言われる。「しかり。わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。

一日も早くイエス様に帰って来てもらいたいですね。「わたしはすぐに来る。」アーメン!時々、「ちょっと待って!結婚するまで来てもらっちゃ困る!」とか、そういう人もいますが、親が救われていない人もいます。しかしみなさん、一日も早くイエス様が来られ、イエス様と共にすばらしい時を過ごすことができる、これが世界の希望です。イエス様は救い主です。再臨されます。世界を治めます。戦争もなくなります。叫びも、悩みも、病気もなくなります。悪魔は地獄に投げ込まれます。これが世界の希望であり、私たちの喜びです。

みなさん、信じていきましょう。地獄に行くのがいいですか。天国に行くのがいいですか。永遠のいのちがいいですか。永遠の滅びがいいですか。分かったことですよね。まだ信じていない人、今日の話は、私の頭から出たことではなく、永遠に変わらない神の言葉から出ました。これは、神の責任の中の言葉ですから、ぜひともイエス様を信じていない方は、はっきりと心を決め、臆病者と書いてあるから、人がなんと言うかとか、人が褒めるとか、そんなことは関係ありません。永遠のいのちを受けるため、命がけで信じることが大切です。信仰を持ってまいりましょう。『「しかり。わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。

お祈りしましょう。

愛する天のお父様、人は一度死ぬことと、死んだ後に裁きを受けることが決まっていると書いてありますが、主はこの地上に来られ、ご自身を捧げてくださいました。それで私たちは永遠のいのちを持ちました。主よ、二度目には死ぬためではなく、待ち望むすべての人に迎えられるために来るとありますから、あなたがこの地上に王の王として帰って来られる事を感謝します。

今日、やがて来たるべき、あなたの約束を信じます。私たちはよみがえります。イエス様と共に住むことができることを感謝します。そのことを信じて、イエス様の流された血潮、裂かれた肉、その聖餐にあずかります。イエス様、一人一人が深い敬虔な信仰を持つことができますように。そして罪を恐れることができ、悔い改めるように。主を恐れて、愛していくことができるよう、お願いいたします。イエスキリストのみ名により、感謝してお祈りします。アーメン。
合計 96
手順 タイトル 投稿者 投稿日 推薦 閲覧数
96
サムエル記 第一19:9-18( 頼った全てのことが消え去った時 )
tbic | 2023.05.28 | 推薦 1 | 閲覧数 12
tbic 2023.05.28 1 12
95
マタイの福音書17:14-21(信仰と祈りが勝つ)
tbic | 2023.05.21 | 推薦 1 | 閲覧数 10
tbic 2023.05.21 1 10
94
ヨハネの福音書3:16(むなしさからの解放)
tbic | 2023.05.14 | 推薦 1 | 閲覧数 12
tbic 2023.05.14 1 12
93
マタイの福音書27:62-28:6(妨害のために、もっとうまく行ける人生)
tbic | 2023.05.07 | 推薦 1 | 閲覧数 17
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92
ヨハネの福音書17:15(悪い者から守ってくださる神様)
tbic | 2023.04.30 | 推薦 1 | 閲覧数 19
tbic 2023.04.30 1 19
91
ヨハネの福音書20:31(信じるという言葉の意味)
tbic | 2023.04.23 | 推薦 2 | 閲覧数 27
tbic 2023.04.23 2 27
90
ヨハネの福音書14:5-6(道は一つしかない)
tbic | 2023.04.16 | 推薦 1 | 閲覧数 25
tbic 2023.04.16 1 25
89
コリント第一15:1-8(真の福音、イエス・キリストの死と復活)
tbic | 2023.04.09 | 推薦 2 | 閲覧数 25
tbic 2023.04.09 2 25
88
マタイの福音書16:15-24(仮面をかぶらない)
tbic | 2023.04.02 | 推薦 2 | 閲覧数 36
tbic 2023.04.02 2 36
87
マルコの福音書15:37-41(小さい者も用いられる)
tbic | 2023.03.26 | 推薦 2 | 閲覧数 43
tbic 2023.03.26 2 43

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