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あなたのみことばは, 私の 足のともしび, 私の 道の 光です.
詩篇 119:105

詩篇23:1-6 (人生に対する真の満足)

投稿者
tbic
投稿日
2022-08-07 19:19
閲覧数
314
詩篇23:1-6 「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ いこいのみぎわに伴われます。主は私のたましいを生き返らせ御名のゆえに 私を義の道に導かれます。たとえ 死の陰の谷を歩むとしても私はわざわいを恐れません。あなたが ともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖それが私の慰めです。私の敵をよそに あなたは私の前に食卓を整え頭に香油を注いでくださいます。私の杯は あふれています。まことに 私のいのちの日の限りいつくしみと恵みが 私を追って来るでしょう。私はいつまでも 主の家に住まいます。」

おはようございます。

新型コロナウイルス感染症のため、今年もなおオンライン宣教で残念な挨拶を申し上げます。 最近の皆さんは、人生に対する満足がどうであるか質問したら、どんな答えをしますか?今日の本文の詩篇23篇の著者ダビデは、「私の人生には乏しいことがない」と歌っています。もちろん、私たちは置かれた状況によって満足できる時があり、満足できない時があります。

しかし、私たち皆はダビデのように不足のない人生の歌を歌いたいでしょう。 満足しながら生きる人生は考えただけでも本当に幸せです。 しかし、人生を生きてみると満足しながら生きる人生はとても難しいということを知っています。

それで私たちは、なぜ人生に不足を感じるのかを考えてみます。まず、ダビデは主は私の羊飼いだと言っています。 つまり、神様を私の羊飼いというのは、すなわち私は羊だということです。羊は無能力で羊飼いの保護と助けを受けるしかない存在です。ところが、感謝なのは神様が弱い羊である私の羊飼いとなってくださいました。 私の主人になってくださいました。 そして私を保護してくださり、導いてくださいます。 それで私たちは神様の羊として生きていけばいいのに...世の中に対する心を手放すことができず、欲を持って生きていくので不足を感じるようになります。 その世の中に対する欲は箴言30章で語っているように、

(箴言30:15-16) 蛭には二人の娘がいて、「くれ、くれ」と言う。飽くことを知らないものが三つある。いや、四つあって、「もう十分だ」と言わない。よみ、不妊の胎、水に飽くことを知らない地、「もう十分だ」と言わない火。

ヒルは本来の大きさの3倍以上膨らむまで吸血し続けるそうです。 韓国は雨がかなり降ったが、そんなにたくさん降った雨水も行方をくらまして、こんなにたくさんの水がどこに行ったのだろうか、と気になるほど地は水を吸収してしまいます。

このように子を持てない女性の胎、燃やしても燃やしても止まらず飲み込んでしまう火を、満たしても満たしても、満たせないことの代表的な例として示しています。

しかし聖書に出てくる満足の告白の言葉を探してみたら、

(詩17:15) しかし私は義のうちに御顔を仰ぎ見 目めるとき 御姿にち足りるでしょう。

(詩90:14) 朝ごとにあなたのみで私たちをち足らせてください。私たちのすべての日に

 喜び歌い しむことができるように。

(詩121:3) 主は あなたの足をよろけさせず あなたを守る方は まどろむこともない。

(箴言4:12)あなたがむとき、そのみは妨げられず、走っても、つまずくことはない。

(箴言28:25) 欲の深い人はいを引き起こす。しかし、主にむ人は豊かにされる。

(箴言19:23)主を恐れるなら、いのちに至る。ち足りて住み、わざわいにあわない。

主を探し求める者は、ただ主の恵みがその人を満足させ、楽しませると言っています。

コロサイ3章2節では「上にあるものを思いなさい。地にあるものを思ってはなりません。」と言われます。 私たちが不足していると感じること、すなわち満足できないのは神を求めることではなく、この地(世)のものを求めるからです。そして地(世)のものを探し求めることは、満たしても満たされない人間の貪欲につながります。 貪欲に自分を明け渡すことに対する結果として、ローマ6章の御言葉を見ると、

(ローマ6:16) あなたがたは知らないのですか。あなたがたが自分自身を奴隷としてげて服すれば、その服する相手の奴隷となるのです。つまり、罪の奴隷となって死に至り、あるいは順の奴隷となって義に至ります。 (ローマ6:23) 罪の報酬は死です。

私たちが神様の羊として神様を求め、天のものを求めるのが当然だが、地(世)のものを探し求めれば私たちは自分を罪の奴隷に渡し、その罪の奴隷の結果は結局、死に至るということです。 最初は大したことのないように始めますが、その最後は致命的です。

本文の4節では「死の陰の谷」を述べています。死の陰の谷は私が間違って生きて入ることもあり、私が熱心に生きていくが、入っていくこともあります。 しかし、信仰によって生きる者たちに、この死の陰の谷は、神様に頼る鍛錬の谷となります。 何の鍛錬の谷となるのでしょうか。

ご自分の名のために義の道に導かれる方。たましいを生き返らせるお方。その方が私たちの悪も知り、弱さも知っておらる方だという信仰と、 こういう私たちを救うために イエス·キリストを私たちに送ってくださったということです。 そして、そのイエス様はいつも私たちと共におられる方だということです。

本文の 3節「私のたましいを生き返らせ」は詩篇60篇1節と同じ意味の動詞です。

勝手に別の道にそれた羊を安全な場所に再び連れてくる場面に該当する言葉として、単純に生き返らせることではなく、霊的更生の意味を含んでいるからです。

(詩60:1)神よ あなたは私たちを拒み 私たちを破られました。あなたは怒られました。

 どうか 私たちを回復させてください。ここで本文の3節の「生き返らせる」という単語は「悔い改めて、立ち返る」に置き換えることのできる同じ意味で 、詩60:1と同じく「回復させる」という動詞です。(ホセア書14:1)イスラエルよ。あなたの神、主に立ち返れ。あなたは自分の不義につまずいたのだ。(ヨエル書2:12-13)「しかし、今でも主のことば─心のすべてをもって、食とと嘆きをもって、わたしのもとにれ。」衣ではなく、あなたがたの心を引き裂け。あなたがたの神、主に立ち返れ。主は情け深く、あわれみ深い。怒るのにく、み豊かで、わざわいを思い直してくださる。

私たちの不義によって、主は私たちを捨てて散らすほどに神様を怒らせましたが、それにもかかわらず主は私たちを回復させ、新しくさせるのです。

(ヘブル9:22)律法によれば、ほとんどすべてのものは血によってきよめられます。血を流すことがなければ、罪の赦しはありません。 (ヨハネ1:29)その翌日、ヨハネは自分の方にイエスがられるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊。

イエス·キリストの血潮によって、私たちは罪の奴隷から、そして死から命に回復し、新しくなれるのです。それだけでなく、「生き返らせ」という意味は、さらに主人の心を涼しくするくらいまで、つまり破壊され廃墟となり、崩れて何も残らない希望のない所、望みのないものを補修することです。 再び望みを持たせることです。

(箴言25:13)な使者は、これを遣わす者にとって、刈り入れ時の冷たい雪のよう。

 その人は主人の心を生き返らせる。(イザヤ58:12)あなたのうちのある者は、昔の墟を建て直し、あなたは代にわたる礎を築き直し、『破れを繕う者、通りを住めるように回復する者』と呼ばれる。

このように「生き返らせ」は、身体的にも精神的にも高く上げられる状態という意味です。私たちはこの世で生きながら簡単に誘惑され、誘惑に巻き込まれます。 そして、その誘惑は私たちを罪の奴隷にして私たちの人生を破壊する結果をもたらします。 しかし、神様を羊飼いとして生きる者たち、自分が神様の羊と告白しながら生きる者たちは別の人生を生きるのです。

それで、私たちは世の中の貪欲に陥る人生ではなく、イエス様を見上げなければなりません。イエス様を握りしめ、イエス様に似せた生き方でなければなりません。羊飼いとなるイエス様は、私たちが罪の奴隷ではなく、神の子供として自由を与えます。そして時を追って緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われます。

私たちが死の陰の谷を歩むとしても、羊飼いが羊を保護するように棒で暗闇の勢力を追い出し、私たちを守ってくださいます。それだけでなく、私たちを回復させ生き返らせて、私たちをあざける敵の目の前で食卓を整えてくださいます。 彼らの前で私の頭に油(香油)を注いでくださいます。高く上げてくださるのです。 私たちはイエスの中にいれば神様の羊として生き、決して滅びることなく、敗北しません。 それが私たちの真の幸せであり、満足です。

それで私たちは世の中のものを全て持たなくても、ダビデのように「私は乏しいことがありません。」と告白できるのです。

私と皆さんがダビデのように、「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。」と告白しながら生きる、人生の主人公となることをお祈り申し上げます。
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