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詩篇 119:105

マタイの福音書12:28-29(悪霊どもを追い出しなさい)

投稿者
tbic
投稿日
2022-08-28 21:12
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マタイの福音書12:28-29『しかし、わたしが神の御霊によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに来ているのです。強い人の家に入って家財を奪い取ろうとするなら、まずその人を縛ってしまわないで、どうしてそのようなことができましょうか。そのようにして初めて、その家を略奪することもできるのです。』

イエス様がこの地上に来られた時、今まで見たこともないような奇跡が起こりました。それは何かというと、悪霊どもが姿を現したのです。人類の真の敵である悪霊どもが、姿を現しました。人類の真の敵とは誰ですか?それは決して人ではありません。悪魔とその一味、悪霊どもです。

そもそも人類を堕落させたのは悪魔です。しかし、その後、悪魔・悪霊どもは、深く潜行して、どこにいるのか分からなくなってしまいました。人々は、ただ目に見える世界だけに支配されてきたのです。しかしなんと、イエス様が来てくださって、目に見えない世界が明らかになったのです。「おまえだったのか!おまえが人類の真の敵だったのか!」と、真の敵があらわにされたのです。

しかし、そんな光景は見たこともないので、人々は、たいへん混乱したみたいです。行く先々で、悪霊が追い出される現象が伴ったからです。悪霊とは、霊的存在ですから、姿はありません。形はないのですが、人を束縛しています。しかし、人が束縛から解かれる時は、見えない力が、人を通してあらわにされる事があります。それを見たイエス様の周りの人たちは、すごく混乱して「あのイエスという男は、ベルゼブルという悪霊の力で、悪霊を追い出しているんだ!」と批判したのです。しかし、そんな時にイエス様は何と言われたのかというと、今の御言葉を語られたのです。『しかし、わたしが神の御霊によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに来ているのです。

悪霊が追い出されるとは、おどおどした、奇怪な「なんだこりゃ!」というような光景だったのです。しかしそれが神の国、到来の証拠だったのです。やがてイエス様がこの地上に帰って来られ、世界の王となって、この地を支配されるわけですが、既にイエス様の十字架と復活によって、神の国は到来しているのです。それがどのような形で現れるのかというと、悪霊どもが追い出されることと関連し、広がって行くと、イエス様は語られました。

ということは、神の国の現れ、すなわち、やがてイエス様が帰って来られ、完全勝利につなげるためには「悪霊どもを追い出す」事が、重要条件であるということです。教会が、私たちクリスチャンが、目に見えない敵と、どのくらい戦うか、そのリアリティーをどのくらい持つか否かで、主が帰られる日が決定づけられるのではないかと思います。つまり、教会にしか、クリスチャンにしかできない働き、それが悪霊どもを追い出す働きです。そして、その火蓋を切られたのが、イエス様ご自身です。

私は日本に来て目に見えない悪魔、サタンとの戦いを散々経験しました。目には見えなかったのですが、目に見えるような戦いをたくさんしました。あるときには、人間を通して直接的に攻撃したり、環境、状況を通して攻撃したりして、その時は、あまりにもひどい攻撃だったので、今より10キロも体重が減っていました。あるときは、幻覚幻聴でくるしんだりもして、毎晩アナコンダのような大きな蛇が現れて、私を飲み込もうとする夢を何度も見たわけです。

結局、それらすべての攻撃が失敗に終わったことを知ったサタンは、今度は私と家族を倒すために私の息子を直接に攻撃して、病魔が息子を襲ったのです。そのとき、私と妻がやったことは、ただ一つでした。今までやってきた祈りを続けるだけでした。イエスの御名によって悪霊を追い出し、主が教えて下さった方法を順番に行った結果、今の幸せな息子、幸せな家族がいるわけです。

イエス様は、こう言われました。マルコ16:17、「信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し

皆さん、悪魔を追い出すために、特別な油そそぎや、賜物を受けているクリスチャンはいません。イエス様はおっしゃいました。「 信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し」。私たちが悪魔を追い出すために必要な唯一の資格は信じること、つまりクリスチャンになることだけです。数分前に生まれ変わったばかりのクリスチャンを含め、すべてのクリスチャンには悪魔を追い出す権威が与えられています。しかし、こういう疑問をもつ人がいるかもしれません。「どうしてそんなことができましょう?悪霊を追い出す前に、自分自身を準備し、力強く祈る必要はありませんか?」と、いいえ!イエス様は私たちに、悪霊について祈るよう求めませんでした。ただ「悪霊を追い出しなさい」とおっしゃっただけです。私たちは悪霊について、何かをするように神様に言わせる必要はありません。神様は悪魔と暗やみの悪霊について必要なすべてのことを既に成し、私たちにそれらを支配する権威を与えられました。

マルコ6:7に「また、イエスは十二弟子を呼び、彼らに汚れた霊を追い出す権威をお与えになった。」とあります。「権威(power」で訳したギリシャ語は「エクソシア(exousia」であり、それは「権限(authority)」を意味します。イエス様は私たちに汚れた霊を支配する権威を与えられました。イエス様が地獄にいる、ある存在にしたことを読んでみてください。コロサイ2:13-15、「支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました。」イエス様はサタンとそのむれを無能力、無気力、無用の物にしたわけです。しかし何と驚くことに、イエス様がそれを成されたとき、私たちはイエス様の中にいたのです。

ルカ10:19に、イエス様は言われました。「確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。」私たちには、サタンとその勢力を統制し、チェックしながら支配する、権威があります。その権威は完全で絶対的です。どの悪魔も、それに抵抗することはできません。

皆さん、先ほど読んだ聖書箇所を、はっきり覚えておいてください。「信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名(イエスの名)によって悪霊を追い出し」それは霊の領域の法則です。私たちがイエスの名前で悪霊に「出て行け」と命じると、まるでイエス様ご自身が話しているかのようになります。だから、常にイエスの名前の権威の中で生きて行ってください。悪魔が私たちの環境で暴れないように、コントロールしないといけません。

私たちは見えない世界で勝利しない限り、見える世界で勝利することは不可能です。クリスチャンには、そもそも見えない世界で勝利する武器が与えられています。案外クリスチャンはそれを使っていないのです。ただ現実の世界ばかりで戦っています。しかし見えない世界で勝利を取ることを理解すると、人生が変わります。そうすれば、様々な問題にも、いろんな領域に勝利がやってくるのです。それ以上に、その戦いを通して神の国が近づいて来るのです。神の国の現れと、霊的戦いは大きく関わりがあるからです。

ルカの福音書10:17-20に、こんな御言葉があります。『さて、七十人が喜んで帰って来て、こう言った。「主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。」イエスは言われた。「わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。だがしかし、悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。」

一般的には、20節に『だがしかし、悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。』という箇所を強調して、「あんまり霊的戦いなんか強調しないで、あなたの名が天に書き記されている、永遠のいのちをもらっているほうを喜びなさいよ」と理解するのですが、その理解は半分は間違っています。

これは、どういう意味かというと、『主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。』というのは「あなたの御名においては、悪霊どもでさえ、あなたに服従させられる」という約束が前提されている御言葉です。

そして名が天に書き記されるとは、イエス様と一体になるという意味です。イエス様の権威と同じ権威の中に、私たちはおらせていただくのです。だから私たちが出て行く時、イエス様の名前の中にあるがゆえに「あなたの御名においては、悪霊どもでさえ服従させられる」のです。私たちは、イエス様の名前の中に含まれた存在ですから、イエス様と同じで、悪霊どもが服従するのは当然なのです。

この七十人が出て行く時、彼らはイエス様からちょっとだけ脅されて、狼の中に羊を送るようなものだと言われました。みんなびくびくして出て行ったのですが、帰って来たレポートは、喜々として、「あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ私たちに服従します!」と、大勝利だったのです。その時、イエス様は言われました。『わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。』この天とは悪魔の支配している領域を指しています。七十人の弟子たちが出て行ったら、悪霊どもは自分の領域から敗北し、領地を失ったのです。その様子をイエス様は見たのです。彼らは大勝利で帰って来ました。

これが誰に起こったのかというと、「七十人の弟子たち」の中に起こったのです。イエス様には、十二弟子という一軍がいて、七十人の弟子というのは、いわば、二軍です。他の箇所には七十二人とありますから、「あれ?七十人じゃないの?人数も定かではないの?」という感じですが、とにかく名前も記されていないし、名前も知られていない弟子たちでした。彼らは二人ずつ組にされて、現場に遣わされたのです。本当に不安で、しょうがなかったと思います。

しかしなんと、「イエス様、あなたの名前を使ったら、悪霊どもでさえ、私たちに服従したんですよ!」とレポートしたのは、何を意味しているのでしょうか?私たちは十二弟子の一人になることはできないけれども、七十人の弟子の一人にはなれるのです。名前が書いていませんから。その七十人なのか、七十二人なのか分からないような弟子たちにできたことは、私たちにも適用されるのです。イエス・キリストを信じて、天に名が記されるとは、イエス・キリストの権威のただ中に含まれることです。時々、私たちは霊的戦いに恐れることがあります。しかし、決して恐れてはなりません。イエス・キリストを信じるならば「あなたがたは、わたしのただ中にあるんですよ」と言われます。「わたしと同じことができる」と主は言われます。

実は、このレポートを聞いて、イエス様は、ルカの福音書10章24節『あなたがたに言いますが、多くの預言者や王たちがあなたがたの見ていることを見たいと願ったのに、見られなかったのです。また、あなたがたの聞いていることを聞きたいと願ったのに、聞けなかったのです。』と言われました。聖書に出て来る預言者とか、様々な人たちが、何を願っていたのか、何を見たがっていたのか、それは救い主と出会い、七十人の弟子たちが体験したことを見たかった、聞きたかったということです。「それが今、あなた方の中に起こっているんですよ」と。名も知れないような弟子たちの中に起こった出来事は、実は、聖書の登場人物たちが期待していたことだったのです。悪しき力が打ち砕かれるとは、聖書の登場人物たちが見たい、聞きたいと、願っていたことだったと、イエス様は言われました。

皆さん、私たちが出て行ってクリスチャンとして生きること、福音を伝えることは、霊的戦いです。またコロナ禍の社会において揺れずに堅く立つことも、霊的戦いです。この日本においては、様々な偶像礼拝の習慣や、罪から離れることなど、なかなか難しい状況があるかもしれませんが、それらに堅く立つことは、霊的戦いそのものです。私たちの生活そのものが、霊的戦いです。しかしそれは、イコール天から悪霊どもが落ちることであり、今戦いをしっかりと意識して歩むなら、大きな勝利を見ることができるのです。そればかりか、神の国が近づくのです。つまり、神の国の現れ、イエス様が帰って来られる日と霊的戦いは、密接に関わっているのです。その事をしっかりと心に留めて、日々の生活を勝ち取っていかなければなりません。

最後にみなさんと一緒に祈って、メッセージを閉じたいと思います。イエス様が十字架にかかって血を流し、よみがえってくださったのは、私たちを七十人の弟子の一人のようにして世に遣わし、主が帰られる道を用意するためです。神のプロジェクト、それは、イエス様がやがてこの地上に帰って来られ、この地を天国にするためのプロジェクトです。そのために、みなさんを使おうとしておられます。今日はその為の決断の日として、お祈りをささげたいと思います。

ご一緒に祈りましょう。これから霊的戦いを意識しながら、暗闇に立ち向かい、雄々しく大胆に、福音を伝えることができるように。イエス様の弟子として、七十人の弟子の一人のように歩むことができるように、ご一緒にお祈りしましょう。ご一緒に声をあげて、これからの勝利を宣言して、祈りましょう。

ハレルヤ。父なる神様、御名をあがめて、心から感謝します。これから私たちは、戦いの勇士であり、七十人の弟子たちと同じような存在であることを確認して出ていきます。私たちは名前が天に書き記されています。主と同じ名前の中に含まれていることを信じて、心から感謝します。与えられている権威を、この世を変えるために、やがてイエス様が帰って来られ、新しい天と新しい地ができるために、使っていくことができますように。今日から誰一人損なわれることなく、病にかかることもなく、問題で苦しむこともないように。敵の力に挑戦し、勝利を宣言します。主イエスの御名によって祈ります。アーメン。
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