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詩篇 119:105

マタイの福音書24:27‐28(死体のある所には、ハゲタカが集まる)

投稿者
tbic
投稿日
2022-11-06 21:16
閲覧数
715
マタイの福音書24:27‐28「人の子の到来は、稲妻が東から出て西にひらめくのと同じようにして実現するのです。死体のあるところには、禿鷹が集まります。」

イエスさまの再臨の時に行われる最後の審判について、イエスさまは今日の本文の28節で、こうおっしゃいました。「死体のあるところには、禿鷹が集まります。」と。再臨の時の兆候について教えてくださいました。今日はその具体的な意味を分かち合いたいと思います。
  1. その日は「神の裁きの日」です。だから「たくさんの死がある」という意味です。古代の戦争を取り扱う映画を見ると、戦争が行われた次の日に、その戦場にはたくさんの死体があちこち散らばっていて、その上には鷹の群れが鳴き声を出しながら、飛び回っています。それと同じです。
これは、その日にはたくさんの死が、つまり殺害が行われるということです。これは黙示録を始め、他の聖書の記録と一致しています。たくさんの死がまさに、裁きの日の特徴であり、その様子を表す証言となります。今、戦争やウィルスによって、また悲惨な事故によって、たくさんの人々が亡くなっています。まさに今が、再臨の時です。

2. このみことばを「個人的な裁きの日」として適用すれば、イエスさまは、「死体のあるところには、禿鷹が集まります。」とおっしゃいました。つまり腐った死体、或いは動物の死骸は鷹を呼び集めます。そのように、「罪人は自分の人生の中に自ら裁きを呼び集める」ということです。だから、私たちの魂と霊が生きていなければ、ハゲタカ(悪魔、サタン)が死の臭いを嗅いで集まってくるはずです。

セイント・アウグスティヌスはこう言いました。「人々は嫌な死を恐れますが、嫌な生(人生)は恐れません。」と。つまり大切なのは最後の審判がいつ、どういうふうに起きるかの問題ではなく、今、死を招く自分の罪の問題からどういうふうに解放され、自由になり、その死の問題を解決するかという悔い改めの問題が大切です。

今、この地上で天の御国(天国)の生き方をすれば、何の問題もありません。しかし裁きというのは将来神さまがなさる前に、すでに自分が裁かれている現在の姿です。これは自ら自分が、裁きを招いたということです。

今、自分がどういうふうに生きて、どういうふうに行動するか、その生き方が裁きの根拠となります。だから、私たちの腐った死体の臭いによって、鷹(悪霊)の群れが集まって来ないように、気を付けなければなりません。

3. 「死体のあるところには、はげたかが集まる」とは、このように考えることもできます。

エルサレムの人々はキリストを排斥し、弟子たちもみんな迫害して殺したりし、エルサレムから追い出しました。エルサレムは真の神であられるイエス・キリストを捨てて、自ら生きる道を選びました。しかしこれがまさに、たましい(霊)の死であり、その腐った死体の臭いによって、ハゲタカが集まりました。そのハゲタカは、ローマ軍隊のことを象徴しています。彼らの旗の徽章にはハゲタカが刻まれていました。

AD70年に、ハゲタカを象徴するローマ軍隊はエルサレムを完全に滅亡させました。これは誰かによって滅亡されたのではなく、自ら腐った臭いを放たから、ハゲタカが集まり、死を招いたということです。

私は海辺に行って、ものすごい数のかもめの群れを見たことがあります。「クァ、クァ、、」と鳴きながら、たくさんのかもめたちが集まりました。すごかったのです。その理由は、ある人が魚をさばいて残りの内蔵を海辺に持って来て、かもめの群れに餌として投げ出したからです。

皆さん、サメは数千キロ離れたところでも、血の匂いを嗅いで、その獲物を求め、探しに来るそうです。かもめも魚の内臓と血の匂いを嗅いで、あっという間に集まりました。悪魔も本能的に血の匂いを嗅ぎます。だから、ハゲタカのように飛び回りながら餌食になる人を発見したら、攻撃して盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするわけです。だからこそ、私たちのたましいと霊が死んで腐っていてはダメです。必ず生きていなければなりません。

イエス様はこれがエルサレムにだけ該当する内容だとはおっしゃいませんでした。世の終わりの時もそうですし、私たちの共同体も、私たちの家庭もそうです。私たちが目を覚まし、生きていなければ、つまり死んだ臭いをプンプンと放つのであれば、ハゲタカが集まって来ます。

腐った臭いは自分を破壊するものを呼び集めます。ハエの群れが集まってきたら、そこには何があるのでしょうか?ハイエナたちが集まってきたら、そこには何があるのでしょうか?そこには、必ず何か、死んで腐っているものがあるはずです。

だから私たちは私たちを破壊するためにやって来る、悪いものたちを呼び集めないように、いつも新鮮な魚にならなければなりません。死体のある所には、ハゲタカやハイエナが集まりますが、花の咲いている所には、ミツバチとちょうちょうが集まります。

AD79年8月24日正午(0時)、イタリア南部にあるナポリ海岸にそびえ立っていたベスビオ火山が突然爆発する、驚くべき出来事が起きました。そのとき、逃げ遅れた人々は火山の噴火に巻き込まれ、みんなその場で亡くなりました。今も、その遺跡はそのまま残っていて、火山灰に埋もれ、死んだ人々の死体の跡形は、今も生々しく見ることができます。

しかし火山の噴火が、つまり爆発の時間がその日の正午12時、つまり0時でした。その時、火山が急に爆発したのでしょうか?何の前触れもなく、急に起きたのでしょうか?いいえ、少なくともその日の朝、夜明けごろからは地震が起き、火山灰が飛んできたはずです。その火山は、爆発する兆候を見せたに違いありません。そのとき、はやく自分なりに対処したのであれば、爆発と同時に火山灰に埋もれ、自分の体がコーティングされるのは避けたと思います。

今日も神さまは私たちの周りで、その警告のサインを見せ続けてくださいます。そのとき、はやく危険を察知して、逃げなければなりません。そのサインを無視し続ければ、ベスビオ火山のように、主の裁きが爆発する時に逃げ遅れ、裁かれると思います。その時は、もう手遅れです。

皆さん、今がその時です。先週、韓国のソウルの真ん中の梨泰院で156人の若者たちが亡くなりました。今は爆発的な死の連続が、あちこちで起きる時代です。

4. 適用、

ある有名な教授さんに、ある新聞記者が質問を投げ出したそうです。「もし先生が死んでから生まれ変わるのなら、どんな人になりたいのですか?」と聞いたら、その教授は躊躇せずに、「私は生まれ変わりたくありません。」と答えたそうです。

そしてその理由をこう話したそうです。「私は今イエス様を信じて、とても幸せです。しかし、もし死んでから生まれ変わるのなら、イエス様を知らない人になるかもしれません。そして、今のように信仰生活をするかどうかも分からないから、私は決して死んでから生まれ変わりたくありません。」と。

皆さん、「信仰生活の本質は自分の肉の罪との絶え間ない対決」であり、「戦いの連続」です。血を流すまで罪に抵抗し、自分の欲との戦いである信仰の道は、決して簡単ではありません。

その道のりを、再び生まれ変わって、もう一度生きるということは、もちろん願ってもできるわけではありませんが、もうあり得ないことだということです。だから、私たちは一回しかない一日を、もう二度と来ない2022年を、後悔なしに生きるべきだと思います。

私は毎日毎日寝る時間に、一日を顧みながら、このように祈ります。「主よ。主がおっしゃった通りに、私を平安の中で、この世から離れさせて下さい。全能なる神さま、この夜を平安に休ませてくださり、尊いあなたの御手の中で、死を迎えられますように。」と。

この祈りをささげる時間は、「小さな死」を迎える瞬間です。この祈りをささげるたびに、私は「また一日が沈む、またもう一度死ぬ。」という実感が湧いてきます。生活の空間から抜け出て、寝室のベッドの上にあがるとき、私は心の中で叫びます。「主よ。私の霊を、あなたの御手にゆだねます。」と。

皆さん、私たちが死を正しく見つめることができるのであれば、与えられる恵みはとても大きいと思います。そのとき、私たちは現実を正しく認識することができます。それによって、自分自身の弱さや限界をちゃんと確認して、やっと偽善やうわべの飾りを捨て、真実に生きることができるようになります。その瞬間、私たちのつまらない日常生活が、どれほど尊いものであるかを悟るようになり、この世のすべてのものから自由になれるのです。

皆さん、是非いつかは知りませんが、突然やって来る主の日、あるいは自分の死の日のために、忙しくないように、生きて行ってください。その日は、あっという間にやって来るからです。

5. お祈り、

愛する天のお父様、一時、墓の中で休まれた御子イエス様のように、私たちも休ませて下さい。そして、また眠りから起き上がった復活のイエス様と共に、新しい生活を始められますように。主イエス・キリストの御名によって、お祈りいたします。アーメン。

6. 分かち合い、

死を招く自分の罪の問題から解放される方法について分かち合いましょう。
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