信仰の証
主の恵みを交わし。

天のお父さまの肩車(H.H)

投稿者
tbic
投稿日
2020-10-27 22:11
閲覧数
4989
生い立ち

私が信仰に導かれるきっかけとなったキーワードは「父」です。私の生い立ちが絡んでおりますので、はじめに、このことについて少し触れさせていただきます。

私は昭和27年、兵庫県淡路島で農家の長男として生まれました。私の父も広崎家の長男として大正12年に生まれました。父は田舎生まれの人間ではありましたが、視野が広く、上昇志向も強く、同世代の人々が中々経験出来ないような人生を歩みました。

父は私が一歳の時(昭和28年)農業技術の研修のため、約一年間アメリカに行く機会を得ました。その経験が買われ、昭和33年から二年間は(私が六~七歳の時)政府からの要請を受け、東パキスタン(今のバングラデシュ)に稲作の技術指導のため派遣されました。

昭和37年からの五年間(私が小学校五年~高校一年)はインドへ。昭和49年からの三年間はフィリピンへ。父は合計十一年間外国での生活を送りました。

子は「父の後ろ姿を見て育つ」と言いますが、私は父の後ろ姿をあまり見ないで育ちました。小さい時、父に遊んでもらったとか、スキンシップを交わした記憶がほとんどありません。アメリカ・パキスタンは単身での赴任でしたが、インドへは農場長として赴任するため、母の同伴が必須条件となりました。両親も悩んだ末、結局私たちを祖父母に預けてインドに行きました(私が五年生、妹が保育園児の時)。

近所の人たちは「お父さんは偉い人やなあ」と口々に言いますが、その頃の私にとっては、子供より仕事を優先し、母を奪って行った父親のイメージしかありませんでした。十歳からの五年間は、寂しさとの戦い、欲求不満との戦いの連続でありました。やり場のない寂しさや欲求不満を妹にぶつけ、暴力を振るったことも少なくありませんでした。あることがきっかけで、伯母に包丁をもって立ち向かったこともありました。もしあの時、本当に切り付けていたら、少年院送りになっていたかも知れません。

心に傷を受ける

中学二年生の頃、私にとって忘れられない出来事がありました。授業中、先生が何気なく次のように言ったことがありました。

「小さい時に父親を亡くした子、または父親と一緒に過ごした経験が少ない男の子は、成長して大きくなっても、男として何かもの足りない所が見られる…」と。

さらっと言われた言葉が心にグサッと来ました。まさしく自分こそそれだと思いました。「自分は大きくなってもどこかに欠陥を持った人間であり、ノーマルな成長が出来ない」そういうメッセージとして聞こえて来ました。血の気が引き、心臓がドキドキ鳴ったことを今でもはっきりと覚えています。自分は決定的に取り返しのつかないハンディキャップを負ってしまった。父親と一緒に生活していれば、当然受けることが出来たであろう大切なものを受け損なったという思いに囚われ、強烈な劣等感を持つようになりました。

「自分には何かが足りない」そういうおどおどした気持ちを抱きながら、同時に“受け損なった父性部分の取り戻し・穴埋め”をどうすれば良いのか?という思いで一杯でした。

クリスチャンとの出会い

両親のインドへの赴任は当初三年間の予定でした。それが二年伸びて結局五年になりました。高校に合格しましたが(この時点で両親はまだインドに在住)バス通学で一時間以上かかること、これ以上祖父母に迷惑をかけたくないという気持ちや、周りからの勧めもあり、洲本市内に下塾をするようになりました。この下宿のおばさんがクリスチャンだったのです。そしておばさんに誘われるまま、教会に通うようになりました。その年の夏になってインドから両親が帰って来ました。けれどもすでに下宿していましたので、高校三年間は下宿生活を続けました(ですから両親とは小学校五年生の時以来今日まで、離れて暮らすことになります)。

その教会には私しか若者はいませんでしたが、日曜日には教会に通い続けていました。メッセージは初めのうちはよく分からない点や、厳しいと思われる面が沢山ありましたが、自分が聖書でいう“罪人”であることだけは、だんだん分かりはじめて来ました。キリストの十字架の意味もおぼろげに分かって来ました。過去に犯した罪を赦されたいという思いも湧いて来ました。

信仰の決心

年が明け1月14、15日に、洲本の教会に大村裕康先生をお迎えして、特別集会が開かれました。この日のメッセージはとても新鮮でした。グイグイ心の中に入って来ました。メッセージの後も、先生が個人的にお話して下さいました。この時ハッと気づいたことがありました。私たちの神さまは“天のお父さまだ!”と。そして父なる神さまは、全知全能の神さまであり、この神さまを信じるとハンディキャップとなっている“父性部分の取り戻し”が実現出来るのではないか、という思いが心に湧いて来ました。

キリストの十字架で罪が赦されることもはっきり示され、その晩信仰の決心をいたしました。その時に先生から、ヨハネの福音書15:16の御言葉をいただきました。

「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。」

この御言葉にも驚きました。「わたしがあなたがたを選んだ!」初めに神さまのご意志があったのです。自分は悲劇の運命のヒーローではなく、最初から神の愛の対象であったのです。

この入信を通して、摂理の中で導かれる神さまを崇めることが出来ました。両親がインドにいた期間が三年ではなく、五年に延びたこと。そしてそのことで下宿をするようになり、クリスチャンと出会い、教会に通うようになったこと。自分の心の傷が、天の父なる神さまを信じるきっかけになったこと。全て神さまが描かれた心憎いシナリオでありました。

父の再発見

1998年から99年にかけて、まだ開かれていなかった私の霊的な目を開くために、主は一つひとつが関連性を持った様々な出来事・出会い・学びの時を用意していて下さいました。

98年の夏には、父が周りの方々に勧められ、75歳になることを機に、自分史のようなものを書いていると聞かされておりました。夏休みに田舎に帰った折り、父の原稿を読む機会を得て、父を再発見したように思いました。小さい頃からよく外国に行き、小学校五年生からはずっと離れて暮らしていたため、意外に知らないことが多くありました。自分もかつて父がインドで活躍していた年代になり、男にとって仕事とはどういうものであるか?ということを考える中で、新たに父に対する理解と尊敬の念が湧いてきました。これは私にとっても嬉しいことでした。今までとは違った視点から、父を見ている自分自身の発見でもありました。あの時(自分が小さかった時)は、父もああすることしか出来なかったのだなあという思いになり、気持ちの上で納得も出来ました。父を理解し赦すことが出来たのです。

父の自分史『我人生の歩みを振り返って』という題は、私が名付け親になりました。その後、原稿の見直し・修正、WP入力、編集の手伝いと、98年の夏休みはこれらの作業で忙殺されました。父の自分史の制作にあたっては、母や私の家内も手伝いに加わり、家族一体で作りあげ、久々に“ファミリー”を実感した一大イベントとなりました。本が出来上がり、父が嬉しい涙を流しているということを母から聞いた時「少しは親孝行が出来たかな」という満足感を覚えました。98年は尊敬出来る父親を再発見しました。けれどもまだ親しみを持って自分を愛してくれた父の発見には至ってはいませんでした。

心の傷のいやし

ある日、一人で祈っていた時、私の心に、マタイの福音書11:28-29の

「全て疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。」

という御言葉が浮かんでまいりました。その時不思議な光景がイメージの世界の中で表れて来ました。イエスさまが私の肩に手を回して、一緒に歩んでくれているイメージでした。神の子なるイエスさまは、私の肩に手を回してくれましたが、では一体天の父は私にどう関わって下さるのだろうか?と祈りながら考えていました。祈りの中で父なる神を探していたのでした。その時、自分の体がグワーッと持ち上がるような感覚、私の視点がグーッと高くなって行く感覚を覚えました(ちょうど外が見えるエレベーターに乗っている様な感覚でした)。実はその時私は、天の父に肩車されていたのです。その瞬間、私の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちました。

過去のある出来事を思い出したのです。私は自分の父は、ほとんどかまってくれたことがない、スキンシップはほとんど無かったと思い込んでいたのですが、昔父に肩車をしてもらって、本当に嬉しくなり、得意満面になっていた自分の姿が、意識下の記憶から甦ったのです。

私には娘と息子がいますが、彼らにも幼い頃よく肩車をしてあげました。その時父親である私は、子供が落ちないように、両手でギュッと彼らの足をつかんでいました。同じように私の父も、私が小さい時にこうしてくれたのだと想像すると、私も父に愛されたのだという思いが込み上げて来て、温かいぬくもりを感じました。昨年、尊敬にまで至った父親でしたが、その時は父に親しみを感じることが出来ました。

そしてまた父なる神さまに対しても、私をしっかり捕まえ、いつも肩車してくれている親しい神さまのイメージが湧いてきました。私の「フットプリンツ」は天の父の肩車であったのです。中学生の時からずっと“受け損なった父性部分の穴埋め”を求めて来た自分がありました。それが私にとっての重荷でもありましたが、やっと探していたものを見出したように思い、言い知れない平安を感じました。三位一体の神に招かれているという信仰と、豊かに注がれている神の愛が私の心をいやしたのです。

「神である主はこう仰せられる。見よ。わたしは国々に向かって手を上げ、わたしの旗を国々の民に向かって揚げる。彼らは、あなたの息子たちをふところに抱いて来、あなたの娘たちは肩に負われて来る。」(イザヤ書49:22
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