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詩篇 119:105

イザヤ書40:28-31(鷲のように、翼を広げて上る)

投稿者
tbic
投稿日
2025-05-04 19:55
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イザヤ書40:28-31「28.あなたは知らないのか。聞いたことがないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造した方。疲れることなく、弱ることなく、その英知は測り知れない。29.疲れた者には力を与え、精力のない者には勢いを与えられる。30.若者も疲れて力尽き、若い男たちも、つまずき倒れる。31.しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない。」

上って行く人生もあれば、下って行く人生もあります。人間、誰もが上って行く人生は願っても、下って行く人生は望んでいないと思います。上って行く人生は繁栄していく人生ですから、素晴らしい人生です。

主を信じる人に、主が願うことは何でしょうか。今日の本文にあるように、鷲のように翼を広げて高く上って行く人生です。永遠の神、力ある神、創造主である神を信じながら、下って行く人生はありえないからです。

しかし神を信じながらも上って行く人生ではなく、翼を広げたこともなく下って行く人生を生きるならば、それは聖霊を悲しませる行為であり、主の御元に帰ることも出来ません。

しかし上って行く人生とは、「すべてが思いのまま、うまくいく人生だ」と思ってはいけません。イエスさまは次のように言われました。ルカの福音書9:25、「人は、たとい全世界を手に入れても、自分自身を失い、損じたら、何の得がありましょう。

この世は富、名誉、権力、知恵など、欲しいものすべてを手に入れた人を成功者だと言いますし、上って行く人生だと思っています。しかし主の思いと人間の思いは、まったく違います。すべてを手に入れても神なしに生きる人、天のまことのいのちがない人は下って行く人生です。

上って行く人生は、神への望みを抱いて、いのちの翼を広げて上って行きます。その人たちの価値観、生きる意味、優先順位は、世の人とは異なります。ピリピ人への手紙3:20-21、「けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。

私たちは自分の国籍が天にあること、自分は神の民であること、そして天国が自分の住むべき所、いつか帰る家であることを自覚して生きていきます。だから口を開くと、天国の話をします。心がこの地上ではなく、上(天)にありますから、そういう人の体は地上にあっても、心はこの世にありません。

神さまはその人々を鷲が翼を広げて上ることが出来るように訓練します。いくら気持ちがあっても翼があっても訓練をしないと、飛ぶことは出来ません。翼に力と生命力がないと、飛べないからです。だから神はご自分の子どもたちが高く飛べるように、鷲がひなを訓練するように「訓練する」とはっきり言われました。

申命記32:10-11、「主は荒野で、獣のほえる荒地で彼を見つけ、これをいだき、世話をして、ご自分のひとみのように、これを守られた。鷲が巣のひなを呼びさまし、そのひなの上を舞いかけり、翼を広げてこれを取り、羽に載せて行くように。

鷲はひなのために柔らかい快適な巣を作ります。ひなが安心出来る場所を作り、えさを与え、敵からも、しっかり守ります。しかししばらくすると、巣を荒らします。ひなにとっては大試練です。

何が起こるか、わからない不安だけがあります。いつまでも居心地の良い場所にいると思ったのに、とんでもないことが起こります。そしてとうとう親鷲は巣を壊し、ひなをそこからつき落とします。ひなは羽があっても羽に力がないので、うまく飛ぶことが出来ず、真っ逆さまに落ちていきます。死の恐怖です。

それを見守る親鷲は、ひなが岩に当たることがないように、すばやく羽を広げて、その上にひなを載せて、高く舞い上がります。そのように繰り返して、ひなを訓練します。訓練によって、ひなは自力で空を飛ぶことが出来ます。高く飛ぶように、広い世界で生きるように鷲は造られてありますので、訓練によって、それが出来るようになります。

神の民は、上って行く人生を生きるように召された者です。だから私たちは堕落した地上を離れ、天に向かって上って行く人生を生きなければなりません。そのため、神は召された者を必ず訓練します。申命記8:5、「あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを、知らなければならない。」ヘブル人への手紙12:5-11、『そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。さらにまた、私たちには肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、なおさらのこと、私たちはすべての霊の父に服従して生きるべきではないでしょうか。なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

訓練によって失うものは一つもなく、むしろ得るものが多いのです。平安の義の実が結ばれます。ローマ人への手紙5:3-5、「それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。

皆さん、「神を信じているのに、どうして苦難ばかり多いのか?」と思っているのでしょうか。神さまが自分を訓練しているのです。忍耐は祝福から生み出されるものではなく、苦難の中で生み出されます。品性はその忍耐の中で生み出されます。そして希望は練られた品性によって生み出されます。この希望は天国への希望、永遠への希望です。主に早く会いたいという希望です。

その希望が魂の翼に生命力を与えます。希望のない人は上ることが出来ません。この希望によって迫害の中でも、聖徒たちは平安と喜びに満たされて神を賛美することが出来ました。心は縛られることなく翼を広げて神の所に上り、神と交わりました。

神さまはたましいの翼に力をつけるために訓練をします。その訓練によって翼に力が出てきます。そして永遠の希望をもって、天に向かって上って行く人生を生きるようになります。

皆さんのたましいの翼にも、さらなる力が与えられますようにお祈り申し上げます。そのためには、やはり信仰が強くならなければなりません。

信仰が強い人と信仰が弱い人の基準は何でしょうか。熱心さでしょうか。忠誠でしょうか。祈りをたくさんすることでしょうか。いいえ。「人間関係で成熟した人」が信仰の強い人です。

近くにいる兄弟姉妹との関係が良ければ、信仰が強い人です。信仰が強い人は包容力のある人です。信仰と同じ言葉が「受け入れること、受容、アーメン」だからです。しかし反対に信仰が弱い人は拒絶します。拒否します。受け入れる受容が出来ず、批判して罪に定めます。

教会は本来一つになりにくい人々の集まりです。大体の集まりは似ている人々が集まります。「経済力、性格、学歴、生活の背景」が似ている人々が集まります。しかし教会は老弱男女、貧富の差、学歴の有無を問わず、みんなが集まる所です。お互いに合わないユダヤ人とギリシャ人が集まる所が教会です。だから教会が一つになることは、一種の奇跡です。

こういう風に一つになりにくい教会が一つになるためには強い受容性が必要です。イエスさまを、信仰によって受け入れた人はそれが可能になります。信仰によって主からの恵みが溢れれば、それは簡単になります。なぜでしょうか。私の中にいらっしゃるイエスさまが決めるからです。信仰のスイッチでイエスさまとつながれば、イエスさまの人格が私の品性となります。

ジョナサン・エドワーズは妻サラとの間で、11名の子供を持ちました。その中で一人の娘がとても性格が良くなかったそうです。いつも「あの子は結婚できるかな」と心配していました。しかし、信仰も強く有能な素晴らしい青年が来て、「牧師先生の娘と結婚したいです」ということでした。ジョナサン牧師は言いました。「あなたは私の娘のことをちゃんと知っているか?結婚しない方がいいよ。あなたと合わないかも?」青年は戸惑って言いました。「私が気に入らないですか?私は資格のない者ですか?」と。「いいえ、あなたはとても素晴らしい!しかしあなたの為に言うが、我が娘と一生を生きるためには、イエスさまくらいにならなければ難しいと思う。」とジョナサン牧師は言いました。

信仰が強いということは、受容性です。受け入れることです。拒絶しません。イエスさまのレベルであれば、何でも可能です。特に結婚を控えている若者たちは祈らなければなりません。「イエスさまのレベルの受容性を与えてください」と。それが結婚準備の始まりです。

そうしたら、信仰の受容性を育てる道は何でしょうか。聖書を読むことです。パウロはローマ人への手紙15:4で、「忍耐と聖書の案内を受けなさい」と教えてくれます。「昔書かれたものは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです。

続けられる力、忍耐できる力は聖書から出てきます。御言葉を聞き、聖書を読めば、不思議に以前自分が出来なかったことを、するようになります。御言葉を聞いたら、信仰が与えられ、受容性が出来るのです。聞けば、受け入れるようになります。

これは人間関係でも同じです。聖書が他人を拒絶させないように導きます。そして、むしろ他人を受け入れるように力を与えます。

幼い頃、お母さんを失ったリンカーンは、聖書をお母さんだと思って、聖書に頼りながら生きました。当時、アメリカの南北の葛藤は戦争が起きるほど深刻な状況でした。しかしリンカーンの強い信仰が戦争の相手である南部を受け入れるようにさせたのです。リンカーンには拒絶、拒否がありませんでした。だから戦争の後でも、差別のない一つの国を作り上げることができました。信仰が強い人の献身(仕え)は、みんなを一つにします。

悪魔(サタン)は拒絶の霊、拒否の霊を通して分裂させます。しかし信仰の人は信仰の受容性、受け入れる力によって神の恵みを満喫します。それを通して、たくさんの人々を得るのです。

結局、教会は信仰のスイッチを押して、神の御国の夢、主のみこころである「一つになる」ことを成し遂げていくことです。だから何でも拒絶せず、受け入れてください。それを歓迎し、受容してください。そうすれば、一番良いものを満喫する毎日になると思います。
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