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あなたのみことばは, 私の 足のともしび, 私の 道の 光です.
詩篇 119:105

使徒の働き27:20-26(危機を突破する信仰)

投稿者
tbic
投稿日
2025-05-12 00:51
閲覧数
149
使徒の働き27:20-26

20.太陽も星も見えない日が何日も続き、暴風が激しく吹き荒れたので、私たちが助かる望みも今や完全に絶たれようとしていた。21.長い間、だれも食べていなかったが、そのときパウロは彼らの中に立って言った。「皆さん。あなたがたが私の言うことを聞き入れて、クレタから船出しないでいたら、こんな危害や損失を被らなくてすんだのです。22.しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。あなたがたのうち、いのちを失う人は一人もありません。失われるのは船だけです。23.昨夜、私の主で、私が仕えている神の御使いが私のそばに立って、24.こう言ったのです。『恐れることはありません、パウロよ。あなたは必ずカエサルの前に立ちます。見なさい。神は同船している人たちを、みなあなたに与えておられます。』25.ですから、皆さん、元気を出しなさい。私は神を信じています。私に語られたことは、そのとおりになるのです。26.私たちは必ず、どこかの島に打ち上げられます。」

人生には連続的に危機がやって来ます。クリスチャンの人生も例外ではありません。だからクリスチャンの人生は「苦しみがない」のではなく、「苦しみに勝つ」ということです。

今日の本文でパウロの状況は、激しい暴風の中でさらに彼の身分は奴隷の身分です。そして完全にパニックの状態です。本文の20節太陽も星も見えない日が何日も続き、暴風が激しく吹き荒れたので、私たちが助かる望みも今や完全に絶たれようとしていた。」さらに21節、「長い間、だれも食べていなかった」と出ます。

こういう風に私たちも耐えられない苦しみに直面するときがあります。そのとき、私たちに必要なのは信仰そのものです。信仰はこういうときのためだということです。ヨハネの手紙第一5:4に、「なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。」私たちにとって、この世に打ち勝つ勝利は信仰であることを忘れてはなりません。

そうしたら、危機を突破する信仰の根拠は何でしょうか。三つです。「一番目、主の声を聞くこと。二番目、主のみことばを信頼すること。三番目、主から与えられた影響力の回復。」です。この三つのことを、今日は皆さんと一緒に分かち合いたいと思います。

一番目、危機を突破する信仰は主の声を聞くことです。本文の23節、「昨夜、私の主で、私が仕えている神の御使いが私のそばに立って、」神の声を聞けば、人生が変わります。逆転の人生となります。続けて24節、「こう言ったのです。『恐れることはありません、パウロよ。あなたは必ずカエサルの前に立ちます。見なさい。神は同船している人たちを、みなあなたに与えておられます。』」「恐れることはありません、パウロよ。あなたは必ずカエサルの前に立ちます。」つまりローマまで必ず行けると主がはっきり言われたので危機から逃れ、救われることは時間の問題です。もう救われたということです。だから人間の恐れは神の声を聞くか否かによって分かれます。

そうしたら、なぜ神さまは「恐れることはありません」と言われたのでしょうか。理由は簡単です。パウロの心の中に恐れがあったからです。私たちみんなは恐れがあります。だから神の声を聞く必要があります。実はパウロは信仰の模範者、信仰の手本です。まさに苦難と勇敢に戦って勝利して来た本物のクリスチャンです。その内容がコリント第二11章で、具体的に記録されています。

これを第三者の目で見ると、強い信仰の持ち主は、どんなことがあっても恐れず、試練に打ち勝つことができると思いがちですが、しかし試練を経験すれば、誰でも恐れることは当たり前のことです。それが人間の本性です。だから私たちは「恐れがない」のではなく、「恐れの中で、神の声を聞くべきだ」ということです。神の声を聞けば、勇気が湧いてきて、危機を突破できる命そのものが自分のものになります。つまり恐れに打ち勝つ唯一の道は、神の声を聞くことです。だから常に私たちは目と耳を神さまのほうに向ける必要があります。

ヨシュア記1:9にも、「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」結局、私たちは神の声を聞いたとき、恐れが消え、すべての危機を乗り越えられる力が与えられます。つまり神の声を聞いた瞬間、私たちの人生は逆転の人生となります。

二番目、危機を突破する信仰は主のみことばを信頼することです。今日の本文の25節に、「ですから、皆さん、元気を出しなさい。私は神を信じています。私に語られたことは、そのとおりになるのです。

私たちは周りの状況が変わらなくても、みことばを信頼し、信仰によって「私は神を信じます」と宣言しなければなりません。神のみことばを聞いて、そのみことばを確信し、信仰によって宣言してみてください。奇跡が起きます。みことばに信仰を混ぜることがとても大切です。へブル人への手紙4:2、「福音を説き聞かされていることは、私たちも彼らと同じなのです。ところが、その聞いたみことばも、彼らには益になりませんでした。みことばが、それを聞いた人たちに、信仰によって、結びつけられなかったからです。」だから私たちはみことばに接した時、必ず信仰によって反応しなければなりません。

イエスさまも病人を癒された後に、「あなたの信仰があなたを救った」と言われました。つまりイエスさまの声を聞いて、信仰によって反応したとき始めて、神の働きが起こされます。ローマ人への手紙10:10人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」だから私たちはいつも信仰によって反応し、その信仰を口で告白しながら生きなければなりません。

みことばを信頼することはみことばに自分を釘づけることを意味します。そこには犠牲と苦労、汗が必要です。その十字架を背負った生き方が、力の源です。だから信仰は釘の種類に例えることができます。力強くしっかり固定された釘と、ゆるくつけられた弱い釘は全然別のものです。つまり私たちの信仰は命をかけるほど、しっかり固定された釘でなければなりません。揺れることのない信仰によって、みことばに人生をかけたパウロのように、「私は神を信じています」と告白できる信仰が絶対に必要です。

三番目、信仰によって宣言した結果、私たちの影響力は回復します。

信仰の確信を持っていれば、誰でも影響力は回復します。パウロとその一行が乗っていたアレキサンドリヤの船の中で、最初パウロは無視されていました。使徒の働き27:11、「しかし百人隊長は、パウロのことばよりも、航海士や船長のほうを信用した」と出ます。しかし信仰の宣言の後、水夫たちが逃げようとしたとき、パウロが命令し、百人隊長と兵士たちが従順に従う姿が、使徒の働き27:31-32に出ます。

パウロは百人隊長や兵士たちに、「あの人たちが船にとどまっていなければ、あなたがたは助かりません」と言った。そこで兵士たちは小舟の綱を切って、それが流れるままにした。」

神さまはいつも危機を通して本物と偽物を区別します。だから真のクリスチャンは危機の中で、むしろ影響力を発揮する人になります。つまり危機の機能は本物と偽物を区分し、穀物と殻を分ける大切な役割を果たす分岐点となります。

結局、船(アレキサンドリヤ)に乗っていたすべての人々はパウロの信仰によって救われ、イエスさまの聖餐式を間接的に体験します。使徒の働き27:35-36、「こう言って、彼はパンを取り、一同の前で神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めた。それで皆も元気づけられ、食事をした。」これはイエスさまが荒野で五つのパンと二匹の魚の奇跡を起こされた時、神さまに感謝をささげた出来事と、すごく似ています。まさにその船の中が教会になりました。信じない人々も、真の礼拝と感謝の現場に参加したわけです。つまり私たちは命が狙われる大変な危機を体験しなければ、本当の影響力を発揮できないという意味もあります。

結論を出せば、私たちクリスチャンはどんな状況の中でも、すべての人々を救い出す力の者にならなければなりません。そのために危機を突破できる信仰が絶対に必要です。

その信仰は聞くことから始まって、それはキリストのみことばから与えられます。つまり聞くことが弱くなったときに、私たちは信仰も奪われる可能性があります。ヨシュアとカレブはみことばを握りしめ、信仰が揺れませんでした。しかし信仰のないイスラエルの民は、みんな荒野で死にました。だから信仰の危機はみことばの危機でもあります。強い信仰はみことばを握りしめ、危機とぶつかって勇敢に戦います。そうすれば、必ず聖霊が働きます。

だからこそ、私たちはどんなことをしても、大胆にぶつかって信仰の筋肉をつけなければなりません。火の燃える炉の中で100%勝利したダニエルの3人の友達、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴは火の燃える炉の中から死なずに出て来ました。主は私たちの信仰を強くするために、いつも状況を難しくさせる感じがします。そして必ず荒野を通らせる主です。しかし絶対に死なないから安心してください。

私たちは信仰が揺れる時に、口癖が「うまくできるか、勝利できるか」と人々に同意を求める傾向があります。しかし人々の意見ではなく、主のみことばが大切です。神さまからの祝福は、すでに私たちに与えられています。ただその祝福を奪われない人が本当に祝福されます。

この世はいつも条件と状況を見ますが、私たちクリスチャンはいつも信仰をもって出て行く者です。だからすべてが整えられているから信じるのではなく、ただ主に徹底的にしがみつく信仰が必要です。つまり真の祝福は信仰が強くなることです。だから主だけ見上げられる力が真の祝福です。これはみことばを聞くことによって可能であり、そこから真の信仰が与えられ、必ず勝利します。今週もその信仰をもって、みことばを読み、祈り続けて勝利したいと思います。
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