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あなたのみことばは, 私の 足のともしび, 私の 道の 光です.
詩篇 119:105

ローマ人への手紙8:1-2(失敗する自由を与えなさい)

投稿者
tbic
投稿日
2025-06-08 22:44
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ローマ人への手紙8:1-2「こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放したからです。」

私たちクリスチャンはチャンスを与える人生を生きなければなりません。今日はそのチャンスの意味と、それを妨害する勢力について考えたいと思います。

私たちが必ず覚えなければならないことは、福音というのはチャンスを与えることだということです。だからクリスチャンと教会はいつもチャンスを与えなければなりません。しかし悪魔はチャンスを与えることを、いつも妨害するのです。

人間はチャンスが与えられなければ、みんな死ぬわけです。普通、試み(誘惑)と試練(訓練)は区別されます。つまり試みは判断するもので、とても簡単です。試してみてダメだったら、それで終わりです。チャンスがありません。しかし試練は訓練ですから、時間も長くかかるし、いつもチャンスが与えられます。だから同じように、教会は試み(試験)を受けるところではなく、救われるべき人々を創り出し、彼らを変化させる訓練所だから、チャンスをたくさん与えるべきだということです。つまりチャンスが与えられなければ、それは福音(御言葉)ではないということです。

私たちが必ず覚えなければならないことは人を変化させるためには続けてチャンスを与えることを意味します。例えば、ノアの大洪水のとき、神様が人類を滅ぼしながらもチャンスを与えてくださり、創世記9:1で「生めよ。ふえよ。地に満ちよ。」と創世記1:28の御言葉を繰り返されたことを覚えなければなりません。結局、チャンスが力となります。だから実験の繰り返しのように、チャンスを与え続けることは決して失敗しないことにつながります。つまりたくさん繰り返してやれば、誰でもうまくできるはずだということです。

Franchiseの事業の原理が、まさにそれです。いろいろなことを試みながら反応が良いものだけを集めて商売すること、それがFranchiseの事業です。例えば、スターバックスの成功の原理は何でしょうか。コーヒーの香りをもっと強くして、コーヒーがあまり好きではない人々にもアピールする戦略です。コーヒーの香りとパンの香りで人々を誘惑し、成功を収めたということです。まさに繰り返しの原理です。そして反応が良ければ、そこに集中する集中能力、それがスターバックスの成功の原理です。

私たちも、うまくできることを繰り返さなければなりません。そこに7割を投資して、残りの3割は新しいことにチャレンジすること、こういう風に繰り返すことによって、より大きなことを発見し、もっと発展できる生き方です。つまり成長はうまくできることに7割を投資し、3割は新しいことにチャレンジをすることです。

だから知恵が何でしょうか。成功の確率が10%の人は10回やればいいし、50%の人は2回やればいいと思います。つまり10%の可能性の人は10回以上やれば、50%の可能性の人に勝つというのが、まさに福音です。

やればできるということは低い確率でも一生懸命やればできる、そういう意味です。結局、もっとやればできるということです。努力はどこでも通じるわけです。だから信仰というのは努力のチャンスを与えることであり、こういうチャンスがまさに福音(good news)そのものだということです。

そうしたら、そのチャンスを与えることは何でしょうか。失敗する自由を与えることです。それはもう既に神様から与えられているものです。だから一番悪いことは失敗するチャンスを剥奪すること、つまり罪に定めることです。今日の本文のローマ人への手紙8:1-2でも、「こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放したからです。」と言われます。確かに私たちは罪から解放された神の子どもです。神様との関係が回復して義人となったから、罪に定められることは違法です。

しかし罪と死の律法は何でしょうか。その特徴は何でしょうか。間違いや失敗に対して、繰り返して指摘し、繰り返して攻撃することです。こういう風に、繰り返して罪に定められるのであれば、人は唖然とし戸惑いながら、これを避けようとして、新しいチャレンジをあきらめてしまいます。つまり罪に定める批判ばかりする人々の前では、みんな自由を失い、すべての人々が死んでしまうということです。

私が韓国で伝道師として働ていたとき、その教会は罪に定める勢力が強かったのです。たいてい古い教会の特徴は、罪に定める勢力が強いのですが、私が髪の毛を赤い色で、間違って染めたら、大変な目にあったのです。長老さんからさんざん叱られました。それでも私は平気だったのですが、繰り返して罪に定められ、批判されれば、人々は委縮し、何もできなくなります。だから自分なりの判断で先入観をもってしゃべるのは、信仰ではなく高慢です。自分なりの怒りがそこに隠されているということです。

また性格が違うだけで攻撃されるときもあります。しかし違うことは間違いではありません。夫婦も最初は違うこと、異なることが魅力で引かれたのですが、後にはそれが喧嘩の原因となるケースが多いのです。しかし異なることは良いことです。お互いに補うことができる素晴らしい調和だということです。

そして普通の人々は名門大学を卒業すれば、高慢な人で、地方の良くない大学を卒業すれば、怠ける人だと決めつける傾向があります。しかしそれも先入観で、偏見です。特に顔つきとか、体型をもって攻撃することは、一番高慢で悪いことです。自分が意図して、こうなっているわけではないし、整形手術も簡単ではないので、生まれつきの顔、体型は個性として受け取り、感謝すれば良いと思います。自分は地球上に唯一の人だから、ただ感謝しましょう。だって双子もちゃんと見たら違うわけです。みんな個性をもった素晴らしい被造物であることを覚えましょう。

私はある兄弟が書いた文書を読んだことがあります。彼はちょっと太めのぽちゃりしている女性と付き合っていたのです。だからその相手の女性は彼のために、ダイエットをしようとしました。そしたら、彼は彼女にこう言ったそうです。「ぼくはあんたの1gもなくなるのが嫌だ。ダイエットしなくていい。ありのままでいい。」と。本物の愛です。ありのままを励まし合い、チャンスを与えるのが、まさに聖霊の働きです。

神様はいつも私たちに恵みを与えてくださいます。それが愛と御霊の律法ですが、それは他にありません。チャンスを与えることです。本文の8:2、「なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放したからです。

いのちの御霊の律法は恵みと愛の律法です。有名な愛の章であるコリント第一13:9に、「私たちの知っているところは一部分であり、預言することも一部分である。」と言われます。つまり愛がなければ、私たちは部分的に知って、部分的に言うわけです。しかし引き続き10節に、「完全なものが現れたら、不完全なものはすたれます。」と。言い換えれば、完全なものは全体を見られる力です。全体を見れば、すべてを理解できると思います。

しかし悪魔の戦略は何でしょうか。部分的に見るように私たちを誘惑することです。そして部分的に見るから、私たちはいつも罪に定め、批判するのです。騙されないでください。

しかし愛の働き、御霊の律法が働くと、どうなるのでしょうか。全体を見られる力が生じるから、何でも理解できます。そしてもし私たちが部分的に知っていれば、もっと知ろうと努力するから、もっと大きい人生、広い人生を生きられます。そして理解力もますます大きくなって、愛ももっと大きくなるということです。

電車の中で、ある子連れのお父さんが席に座っていました。しかしその子どもは電車の中で、いたずらをしながら周りの人々に迷惑をかけていたのです。でも、そのお父さんは子どもに何の注意もせず、じっとしていました。だからその子どもの間違った行動を見て、多くの人々が我慢できず、お父さんを非難し始めたのです。「あんなに子どもの行儀が悪いのに、お父さんは何やってんの?全然止めないんじゃない?」みんな怒ったわけです。

実はその親子は亡くなった妻、子どものお母さんを火葬して、火葬場から家に戻る途中だったのです。お父さんは全体を知っているから、天真爛漫に遊んでいる子どもがかわいそうで、愛と憐れみで満ちていたのです。だから子どもをほっといたということです。しかし他の人々は子どものいたずらの行動だけ見ているから、部分的にしか分からないから非難したわけです。

だから私たちが覚えなければならないことは、結局、裁きはすべてを知っておられる神様だけができることだということです。つまり私たちが黙って沈黙しなければならない理由、その大事さは何でしょうか。部分的にしか分からないからです。そして全体を見て、もっと大きなことを生かすために黙っているということです。だから全体を知らないのであれば、判断を保留しなければなりません。そして祈ることです。あまり知らないときは、ただ祈ってください。それが愛であり、愛は全体を見て反応することです。

だから私たちは周りの人々の問題を具体的に知らなくても、それを聞こうとせず、ただ祈ってあげること、とても大切です。そしてある程度の期間が経っていれば、その問題がすべて解決されているのが分かります。本当に不思議で、感謝だけです。どういう意味でしょうか。すべての判断、裁き、解決は神様にあるということです。

だからチャンスを与える人々の特徴は何でしょうか。

1.神様の一方的な恵みを体験した者です。神様から圧倒的な恵みを受ければ、私たちの傷は全部癒されます。そして癒されれば、赦しの人生が始まるということです。これを旧約聖書では祝福、新約聖書では恵みと言うのです。

ヨセフを考えて見てください。8歳のとき、母のラケルが亡くなりました。生まれる時から母親がいなかったヨセフの弟、ベニヤミンより、ヨセフのほうがもっとショックを受けたに違いありません。またヨセフは奴隷として売られた傷もあります。こういう状況の中でも、彼は忠実に働きました。しかしまた誤解を招き、牢屋に入れられるのです。そしてヨセフはあらゆる裏切りを体験したのですが、神様からの恵み(祝福)を受けたから、すべての傷が癒されたわけです。結局、赦せない人々(チャンスを与えない人々)は、この恵みと祝福を知らないからです。だから私たちの人生の中で傷の回復は、ただ神様からの恵みと祝福によって可能であることを、ちゃんと覚えなければなりません。教会はまさに、この恵みと祝福を体験するところです。そして繰り返して、この恵みを体験したとき、赦しが可能になり、チャンスをたくさん与える人生となるということです。

2.チャンスを与える人は魅力が溢れる人になります。

コーヒーも香りがあるように、人間も香りがあるし、絶対に香りが必要です。その香りとは完璧さではなく、人間味溢れる涙と余裕、赦しの愛だということです。韓国の大手企業のサムスンは人材を選ぶとき、実力もそうですが、まずこの人間味あふれる人が選択の基準だそうです。どれほど忙しくても周りの人々を顧みる、そんな余裕のある人間味あふれる人こそ、最終的に勝利(成功)するから、彼らを選ぶそうです。

こういう風に私たちも犠牲を覚悟してもチャンス(助け)を与える人にならなければなりません。なぜでしょうか。私たちもたくさんもらったからです。私たちはたくさんもらったし、誰よりも多く与えられています。だから信者になる前に、まず人間になってほしいのです。人間味あふれる良い人になって、たくさんの神の働きを体験し、チャンスをいっぱい与える人になること、それが神のみこころです。

皆さん、聖霊が強く働くと、どんなことが起こるのでしょうか。悪魔が支配するシステムが全部崩れ落ちます。つまり悪魔のシステムの核心は罪に定めることで、それは相手の弱点を攻撃し続けることです。そうしたら、チャンスは完全に消滅してしまい、失敗と混沌を絶対に許せなくなります。しかしいのちの御霊、聖霊が働くと、愛の働きが起こされます。そしてこの聖霊様は私たちを保護し続け、私たちに失敗できる勇気とチャンスを与え続けます。だから私たちに与えられた可能性を最大限に生かすこと、これがまさに聖霊の働きです。

皆さん、忘れないでください。私たちの親も同じように私たちの失敗を赦し、最後まで愛してくださったから、今の私たちがここにいるわけです。こういう風に、私たちはチャンスが与えられたから、ものすごい可能性のある存在となりました。しかし悪魔、サタンは今後も続けて、私たちを罪に定め、攻撃し続けると思います。そのときごと、私たちは聖霊の助けによって赦しと恵み、祝福が流れるように祈り、働きかけること、またたくさんのチャンスを与えることによって、いのちの実をたくさん結ぶ、真の神の人になりたいと思います。
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