メッセージ
あなたのみことばは, 私の 足のともしび, 私の 道の 光です.
詩篇 119:105
ヘブル10:37-11:7(信仰とは何か?)
投稿者
tbic
投稿日
2025-06-29 22:13
閲覧数
93
ヘブル10:37-11:7『37.もうしばらくすれば、来たるべき方が来られる。遅れることはない。38.わたしの義人は信仰によって生きる。もし恐れ退くなら、わたしの心は彼を喜ばない。39.しかし私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。1.さて、信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。2.昔の人たちは、この信仰によって称賛されました。3.信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、その結果、見えるものが、目に見えるものからできたのではないことを悟ります。4.信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神に献げ、そのいけにえによって、彼が正しい人であることが証しされました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だと証ししてくださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって今もなお語っています。5.信仰によって、エノクは死を見ることがないように移されました。神が彼を移されたので、いなくなりました。彼が神に喜ばれていたことは、移される前から証しされていたのです。6.信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神がご自分を求める者には報いてくださる方であることを、信じなければならないのです。7.信仰によって、ノアはまだ見ていない事柄について神から警告を受けたときに、恐れかしこんで家族の救いのために箱舟を造り、その信仰によって世を罪ありとし、信仰による義を受け継ぐ者となりました。』
人生というのは、霊的戦いです。だから一番大切な信仰という武器を点検しなければなりません。クリスチャンを信者(信じる者)と呼んでいるのですが、信仰がなければ何もありません。私たちの信仰を点検すべきです。
1.信仰の領域はどんなものなのか。
2.信仰の特性(客観的根拠と体験との関係)。
3.信仰の結果が何かを、皆さんと分かち合いたいと思います。
1.信仰の領域
信仰によって救われ、信仰によって生きながら、信仰によって、天国に行くことです。信仰の領域は救われる原理だけでなく、人生のすべての領域を全部カバーする原理です。
1)救われる原理-エペソ2:8、「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。」
救いは神からのプレゼントです。恵みの信仰によって救われました。イエス・キリストの十字架の血潮を信じれば、誰でも救われます。
2)ヘブル10:38、「わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、わたしのこころは彼を喜ばない。」人生の原理 (根-ハバクク2:4、「正しい人はその信仰によって生きる。」:ローマ、ガラテヤ、ヘブルにも出ます。)
ローマ1:17、「信仰義認の原理-信仰によって救われ、義人となる。」ガラテヤ3:11、「ところが、律法によって神の前に義と認められる者が、だれもいないということは明らかです。義人は信仰によって生きるのだからです。」
ローマ書とガラテヤ書がつながっています。(信仰の原理)
*救われる通路としての信仰(ヘブル10:38)- 信仰によって生きるのであれば、必ず勝利します。信仰は救いの原理だけでなく、人生の原理です。神様は私たちが信仰によって、この地上でも豊かな恵みの中で勝利の人生を生きることを願っておられます。
3)ヨハネ10:10、「盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」
*牧者の心-羊がいのちを得(救い)、またそれを豊かに持つことです。この地上での人生も豊かな恵みです。
私たちは信仰によって救われ、信仰によって生きるとき、神様が一番喜ばれます。
牧師が一番喜ぶときは、聖徒たちが礼拝にちゃんと参加して、礼拝をささげるときです。
ヘブル11:6、「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」
神様はいつも与えてくださるお方です。
「信仰を与えてください」という祈りが一番大切です。牧師も、聖徒も信仰が一番大切です。サッカー選手の専攻がサッカーのように、私たちの専攻は信仰、信じることです。特技は愛です。
私たちの信仰が揺れるとき、人生が揺れます。 信仰がないと、何もありません。
信仰によって生きる道とは、みことばに命をかけて生き、礼拝をささげる人生です。
信仰の領域は私たちの人生のすべての領域です。
2.信仰の特性:みことば->心の証拠->現実の物証(物質的証拠)
ヘブル 11:1、「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」
(εστιν δε πιστις ελπιζομενων υποστασις πραγματων ελεγχος ου βλεπομενων)
保証:フィポスタシス- 基礎
= 信仰は望んでいる事がらの基礎です。だから望み、希望の基礎が信仰です。
1)信仰と信念の差
信仰はみことばから出てきます。ちゃんと根拠があります。
信念は根拠がみことばではなく、自分自身です。だから信念は何もないのです。
みことばを握り締めなければ、勝利はありません。それが信仰です。
ex.ナポレオン- 「余の(我が)辞書に不可能の文字はない。」 (信念、根拠は自分。)
ダビデ(サムエル第一17:45)- ダビデはペリシテ人に言った。「おまえは、剣と、槍と、投げやりを持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。」(信仰)
同じ肯定的な考えですが、その根(根拠)は違います。
私たちはすべての行動の根拠を聖書を通して説明できなければなりません。
信仰が強くて、信仰が深い人は、みことばの約束をしっかり持っている人です。
すべての行動と判断をみことばによってする人は、客観的な信仰を持っている人です。
アブラハム- 創世記12:1、『主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。」』ヘブル11:8、「信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました。」
モーセ- 「イスラエルの民をつれて、カナンの地へ行きなさい。」と主から言われ、信仰によって、その通りにしました。
宣教の命令- マタイ28:19-20、「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」- 信仰によって歩むとき、約束されたみことばです。
2) 目に見えないものを確信させるもの: 確信-エレンコス( ejlegco/ evident demonstration)。 心に生じる確信です。成し遂げられる前に、心の中で既に成し遂げられています。ex.ノア- 洪水の前に、神の裁きが既に心の中に伝えられたのです。だから箱舟を造ることができました。
*祈り- 客観的証拠を聞いて、心の中にエレンコス(確信)を持って進むことです。ヘブル11:1、保証と確信は一緒です。
*世の人と信者の差:世の人-見ているものを信じます。
信者-聞いて信じ、信じるものを見ます。信仰がやってくる方法が違います。
ヨハネ11:40、 ラザロの死を見て、すべてをあきらめていたマルタにイエス様は言われます。 「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。」
*聞いて動く人が信仰ある者です。
ノア- 晴れが続く天気にもかかわらず、神のみことばを聞いて箱舟を造ります。
アブラハム- 100歳で息子を得ます。
ヨシュア- 丈夫なエリコ城が一気に崩れ落ちます。心の中の確信はみことばを聞いて確信するものです。これが信仰であり、必ず結果が出ます。
フィポスタシス(基礎となるみことばを聞いて)->エレンコス(心の確信、証拠)->結果が出ます。
伝道(宣教): 一次的にみことばを伝えます。- エレンコス(心の確信、証拠)が生じる人だけが変化を体験します。結果は信じるようになります。
3) ヘブル11:2、「昔の人々はこの信仰によって賞賛されました。」
: マルツレオmartureo (証拠のある信仰。物証。)
ex.アブラハム- 心の証拠:息子が与えられる。 物証: イサクが生まれる。
ヘブル11:39、「この人々はみな、その信仰によってあかしされました。」マルツレオ(確証、実を結ぶ。->信じる者には不可能がない。)
信仰の働きの流れ: フィポスタシス(基礎、みことばを聞く。)-> エレンコス(心の確信、証拠)-> マルツレオ(確証、物証、実を結ぶ。)
*祈りの答え:心の確信と確証。
マルコ11:24、「祈って求めるものは何でも(フィポスタシス-基礎となるみことば)、すでに受けたと信じなさい(エレンコス-心の確信、証拠)。そうすれば、その通りになります(マルツレオ-確証、物証、実を結ぶ。)。」
*みことばと心の確信、物証(結果)の関係。
みことばを聞いて->恵みを受けます(確信)。->従順に従い、待ち続けます。-> 結果としての物証、実を結びます。
*しかし悪魔(サタン)の攻撃: みことばを伝える者と聞く者を集中攻撃します。源泉封鎖されます。
サタンは確信が消え去るように、疑いをまき散らします。
そして従順の歩みを徹底的に防ぎます。これらの攻撃に、絶対に負けてはなりません。
3. 信仰の結果
ヘブル11:4-5、7、「アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげました。エノクは死を見ることのないように移されました。ノアはまだ見ていない事がらについて神から警告を受け、その家族の救いのために箱舟を造りました。」
私たちは信仰によって献身が可能であり、神様とともに歩み、実践も可能です。
1)ささげることができます。
ヘブル11:4、「アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげた。」 創世記4:4、「羊の初子をささげます。」初子:一番尊い最上のものです。 ベストをささげることが信仰です。
私たちの若さの情熱と時間を主にささげる人生が本当に祝福された人生です。
歴代誌第一29、ダビデはささげる人生として生々しく現れます。彼は神様を本当に愛したのです。それが彼の信仰でした。
2)エノク、神様とともに一生涯を歩んだ者です。
ヘブル11:5-6、「信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました。神に移されて、見えなくなりました。移される前に、彼は神に喜ばれていることが、あかしされていました。信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」
エノクは神を喜ぶ者、信仰ある人でした。礼拝の人生は主とともに歩む信仰ある人生です。
エベンエゼルの神様(助ける神様)、インマヌエルの神様(ともにいて下さる神様)、エホバイレの神様(用意して下さる神様)を体験したのがエノクの人生でした。
3)ノア、実践の人です。
ヘブル11:7、「信仰によって行動します。」行動の大切さ!
祈らないことは祈りの力を信じないからです。
信仰は行動によって結果を得るのです。- ささげる、主と同行(ともに歩む)、実践する。
結論、
*信仰の領域- 救われて、日常生活の中で、豊かな恵みを受けます。人生のすべての領域が信仰の領域です。
*信仰の特性-フィポスタシス(基礎、みことばを聞く。)->エレンコス(心の確信、証拠)-> マルツレオ(確証、物証、実を結ぶ。)
*信仰の結果-献身して、主と同行しながら、実践の人生を生きます。
人生というのは、霊的戦いです。だから一番大切な信仰という武器を点検しなければなりません。クリスチャンを信者(信じる者)と呼んでいるのですが、信仰がなければ何もありません。私たちの信仰を点検すべきです。
1.信仰の領域はどんなものなのか。
2.信仰の特性(客観的根拠と体験との関係)。
3.信仰の結果が何かを、皆さんと分かち合いたいと思います。
1.信仰の領域
信仰によって救われ、信仰によって生きながら、信仰によって、天国に行くことです。信仰の領域は救われる原理だけでなく、人生のすべての領域を全部カバーする原理です。
1)救われる原理-エペソ2:8、「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。」
救いは神からのプレゼントです。恵みの信仰によって救われました。イエス・キリストの十字架の血潮を信じれば、誰でも救われます。
2)ヘブル10:38、「わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、わたしのこころは彼を喜ばない。」人生の原理 (根-ハバクク2:4、「正しい人はその信仰によって生きる。」:ローマ、ガラテヤ、ヘブルにも出ます。)
ローマ1:17、「信仰義認の原理-信仰によって救われ、義人となる。」ガラテヤ3:11、「ところが、律法によって神の前に義と認められる者が、だれもいないということは明らかです。義人は信仰によって生きるのだからです。」
ローマ書とガラテヤ書がつながっています。(信仰の原理)
*救われる通路としての信仰(ヘブル10:38)- 信仰によって生きるのであれば、必ず勝利します。信仰は救いの原理だけでなく、人生の原理です。神様は私たちが信仰によって、この地上でも豊かな恵みの中で勝利の人生を生きることを願っておられます。
3)ヨハネ10:10、「盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」
*牧者の心-羊がいのちを得(救い)、またそれを豊かに持つことです。この地上での人生も豊かな恵みです。
私たちは信仰によって救われ、信仰によって生きるとき、神様が一番喜ばれます。
牧師が一番喜ぶときは、聖徒たちが礼拝にちゃんと参加して、礼拝をささげるときです。
ヘブル11:6、「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」
神様はいつも与えてくださるお方です。
「信仰を与えてください」という祈りが一番大切です。牧師も、聖徒も信仰が一番大切です。サッカー選手の専攻がサッカーのように、私たちの専攻は信仰、信じることです。特技は愛です。
私たちの信仰が揺れるとき、人生が揺れます。 信仰がないと、何もありません。
信仰によって生きる道とは、みことばに命をかけて生き、礼拝をささげる人生です。
信仰の領域は私たちの人生のすべての領域です。
2.信仰の特性:みことば->心の証拠->現実の物証(物質的証拠)
ヘブル 11:1、「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」
(εστιν δε πιστις ελπιζομενων υποστασις πραγματων ελεγχος ου βλεπομενων)
保証:フィポスタシス- 基礎
= 信仰は望んでいる事がらの基礎です。だから望み、希望の基礎が信仰です。
1)信仰と信念の差
信仰はみことばから出てきます。ちゃんと根拠があります。
信念は根拠がみことばではなく、自分自身です。だから信念は何もないのです。
みことばを握り締めなければ、勝利はありません。それが信仰です。
ex.ナポレオン- 「余の(我が)辞書に不可能の文字はない。」 (信念、根拠は自分。)
ダビデ(サムエル第一17:45)- ダビデはペリシテ人に言った。「おまえは、剣と、槍と、投げやりを持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。」(信仰)
同じ肯定的な考えですが、その根(根拠)は違います。
私たちはすべての行動の根拠を聖書を通して説明できなければなりません。
信仰が強くて、信仰が深い人は、みことばの約束をしっかり持っている人です。
すべての行動と判断をみことばによってする人は、客観的な信仰を持っている人です。
アブラハム- 創世記12:1、『主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。」』ヘブル11:8、「信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました。」
モーセ- 「イスラエルの民をつれて、カナンの地へ行きなさい。」と主から言われ、信仰によって、その通りにしました。
宣教の命令- マタイ28:19-20、「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」- 信仰によって歩むとき、約束されたみことばです。
2) 目に見えないものを確信させるもの: 確信-エレンコス( ejlegco/ evident demonstration)。 心に生じる確信です。成し遂げられる前に、心の中で既に成し遂げられています。ex.ノア- 洪水の前に、神の裁きが既に心の中に伝えられたのです。だから箱舟を造ることができました。
*祈り- 客観的証拠を聞いて、心の中にエレンコス(確信)を持って進むことです。ヘブル11:1、保証と確信は一緒です。
*世の人と信者の差:世の人-見ているものを信じます。
信者-聞いて信じ、信じるものを見ます。信仰がやってくる方法が違います。
ヨハネ11:40、 ラザロの死を見て、すべてをあきらめていたマルタにイエス様は言われます。 「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。」
*聞いて動く人が信仰ある者です。
ノア- 晴れが続く天気にもかかわらず、神のみことばを聞いて箱舟を造ります。
アブラハム- 100歳で息子を得ます。
ヨシュア- 丈夫なエリコ城が一気に崩れ落ちます。心の中の確信はみことばを聞いて確信するものです。これが信仰であり、必ず結果が出ます。
フィポスタシス(基礎となるみことばを聞いて)->エレンコス(心の確信、証拠)->結果が出ます。
伝道(宣教): 一次的にみことばを伝えます。- エレンコス(心の確信、証拠)が生じる人だけが変化を体験します。結果は信じるようになります。
3) ヘブル11:2、「昔の人々はこの信仰によって賞賛されました。」
: マルツレオmartureo (証拠のある信仰。物証。)
ex.アブラハム- 心の証拠:息子が与えられる。 物証: イサクが生まれる。
ヘブル11:39、「この人々はみな、その信仰によってあかしされました。」マルツレオ(確証、実を結ぶ。->信じる者には不可能がない。)
信仰の働きの流れ: フィポスタシス(基礎、みことばを聞く。)-> エレンコス(心の確信、証拠)-> マルツレオ(確証、物証、実を結ぶ。)
*祈りの答え:心の確信と確証。
マルコ11:24、「祈って求めるものは何でも(フィポスタシス-基礎となるみことば)、すでに受けたと信じなさい(エレンコス-心の確信、証拠)。そうすれば、その通りになります(マルツレオ-確証、物証、実を結ぶ。)。」
*みことばと心の確信、物証(結果)の関係。
みことばを聞いて->恵みを受けます(確信)。->従順に従い、待ち続けます。-> 結果としての物証、実を結びます。
*しかし悪魔(サタン)の攻撃: みことばを伝える者と聞く者を集中攻撃します。源泉封鎖されます。
サタンは確信が消え去るように、疑いをまき散らします。
そして従順の歩みを徹底的に防ぎます。これらの攻撃に、絶対に負けてはなりません。
3. 信仰の結果
ヘブル11:4-5、7、「アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげました。エノクは死を見ることのないように移されました。ノアはまだ見ていない事がらについて神から警告を受け、その家族の救いのために箱舟を造りました。」
私たちは信仰によって献身が可能であり、神様とともに歩み、実践も可能です。
1)ささげることができます。
ヘブル11:4、「アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげた。」 創世記4:4、「羊の初子をささげます。」初子:一番尊い最上のものです。 ベストをささげることが信仰です。
私たちの若さの情熱と時間を主にささげる人生が本当に祝福された人生です。
歴代誌第一29、ダビデはささげる人生として生々しく現れます。彼は神様を本当に愛したのです。それが彼の信仰でした。
2)エノク、神様とともに一生涯を歩んだ者です。
ヘブル11:5-6、「信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました。神に移されて、見えなくなりました。移される前に、彼は神に喜ばれていることが、あかしされていました。信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」
エノクは神を喜ぶ者、信仰ある人でした。礼拝の人生は主とともに歩む信仰ある人生です。
エベンエゼルの神様(助ける神様)、インマヌエルの神様(ともにいて下さる神様)、エホバイレの神様(用意して下さる神様)を体験したのがエノクの人生でした。
3)ノア、実践の人です。
ヘブル11:7、「信仰によって行動します。」行動の大切さ!
祈らないことは祈りの力を信じないからです。
信仰は行動によって結果を得るのです。- ささげる、主と同行(ともに歩む)、実践する。
結論、
*信仰の領域- 救われて、日常生活の中で、豊かな恵みを受けます。人生のすべての領域が信仰の領域です。
*信仰の特性-フィポスタシス(基礎、みことばを聞く。)->エレンコス(心の確信、証拠)-> マルツレオ(確証、物証、実を結ぶ。)
*信仰の結果-献身して、主と同行しながら、実践の人生を生きます。
合計 212
手順 | タイトル | 投稿者 | 投稿日 | 推薦 | 閲覧数 |
212 |
詩篇8:1-9(人間の存在の目的)
tbic
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2025.08.24
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推薦 1
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閲覧数 23
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tbic | 2025.08.24 | 1 | 23 |
211 |
歴代誌 第二7:11-14(国のために祈ろう)
tbic
|
2025.08.17
|
推薦 1
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閲覧数 36
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tbic | 2025.08.17 | 1 | 36 |
210 |
詩篇121:1-8(わたしが、あなたの道を守る)
tbic
|
2025.08.10
|
推薦 2
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閲覧数 47
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tbic | 2025.08.10 | 2 | 47 |
209 |
ゼカリヤ書2:1–13(火の城壁の神)
tbic
|
2025.08.03
|
推薦 2
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閲覧数 65
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tbic | 2025.08.03 | 2 | 65 |
208 |
ヨハネの福音書 13:34(新しい戒めの中に生きよう)
tbic
|
2025.07.27
|
推薦 1
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閲覧数 76
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tbic | 2025.07.27 | 1 | 76 |
207 |
エペソ人への手紙2:1-5 (ロープを掴みなさい)
tbic
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2025.07.13
|
推薦 1
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閲覧数 86
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tbic | 2025.07.13 | 1 | 86 |
206 |
創世記2:24 (聖書的結婚観)
tbic
|
2025.07.06
|
推薦 2
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閲覧数 91
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tbic | 2025.07.06 | 2 | 91 |
205 |
ヘブル10:37-11:7(信仰とは何か?)
tbic
|
2025.06.29
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推薦 1
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閲覧数 93
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tbic | 2025.06.29 | 1 | 93 |
204 |
箴言3:5-6(自分の悟りに頼るな)
tbic
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2025.06.22
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推薦 1
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閲覧数 98
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tbic | 2025.06.22 | 1 | 98 |
203 |
エペソ人への手紙5:22-33(夫と妻に対するお勧め)
tbic
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2025.06.15
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推薦 1
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閲覧数 95
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tbic | 2025.06.15 | 1 | 95 |